経済の健全さは失業率では測れない、ノーベル賞学者が説く幸福重視の政策論

 第2次世界大戦後のほとんどの期間を通じて、経済政策は「失業」を軸として展開されてきた。大恐慌による大量失業は、第2次世界大戦と、その戦費を賄うために積み上げられた巨額の政府債務によって経済成長が再開されるまで回復に至らず、少なくとも2世代にわたる長期の影響を残した。

 だが、雇用は人々の幸福(Welfare、厚生)の一側面でしかないし、今日の世界ではそれだけでは十分ではない。

 第2次世界大戦から1980年前後に至る時期の成長パターンは、おおむね良好だった。リセッション(景気後退)はあったが、失業率は低いままだった。特に中間所得層がこれまで以上の繁栄と(より高い社会的地位への)上昇移動を実現するなかで、労働所得シェアは徐々に拡大していった。米国をはじめとする各国では、中央銀行の任務は単純明快だった。完全雇用を維持しつつ、インフレを抑制することである。 

経済の健全さは失業率では測れない、ノーベル賞学者が説く幸福重視の政策論マイケル・スペンス(Michael Spence)
米国生まれの経済学者。2001年にジョージ・アカロフとジョセフ・スティグリッツとともに、情報の非対称性に関連する業績によってノーベル経済学賞を受賞。2010年9月よりニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネス教授。スタンフォード大学フーバー研究所のシニアフェローも務める。

 このように失業率を重視する発想は今日でも続いている。たとえば人工知能(AI)や自動化に関する議論にもそうした発想が反映されており、テクノロジーによる失業への懸念が話題の中心になることが増えている。米国経済が比較的健全だと考えられているのは、失業率が過去最低水準にあり、まずまずの経済成長が続き、インフレが抑え込まれているからだ。

 だが、数十年にわたって続いた良好な成長パターンは、もはや存在しない。確かに、成長と雇用が主要な課題になっている国も存在する。たとえばイタリアでは過去20年にわたってほとんど経済成長が見られず、失業率は10%以上と高止まりし、若年失業率は30%近くとなっている。

 同様に、発展の初期段階にある開発途上国では、雇用成長が圧倒的に重要な政策目標になっている。労働市場に参入する若者や、伝統的セクターにおける貧困層および不完全就業者に機会を与えるためだ。

 とはいえ、雇用は最初の一歩にすぎない。現代の経済においては、雇用に関する課題は多面的であり、雇用されている人々にとっての主要な課題は、雇用の保障、健康、ワークライフバランス、所得および配分、研修、移動可能性、機会など幅広い分野にわたっている。したがって政策担当者は、失業というシンプルな基準にとどまらず、人々の幸福に影響を与える雇用の多くの側面を考慮すべきである。