前述したように歴代最多の観客が詰めかけたトヨタ自動車との第2節後に、万感の思いを込めるように、福岡はこんな言葉を残した。その上で自らのラグビー人生の設計図をあらためて明かした。

「現状ではっきりと言えることは、15人制の日本代表に戻ることはまずないと自分の中で決めていることです。トップリーグに関しては、次のシーズンあたりまでは可能性はあるというか、自分自身、そこまではプレーできたらいいな、という気持ちはあります。ただ、その次のシーズンに関しては、基本的には優先順位を勉強にシフトする形でいこうと思っています」

医師になる夢があるなかで
あえて東京五輪のメダルに挑むワケ

 祖父が内科医、父が歯科医という家系で生まれ育った福岡は、物心がついたときには医師という職業へ漠然と憧憬の念を抱くようになっていた。福岡高2年のときにひざに大けがを負い、その際に手術を執刀した医師から大きな感銘を受けた経験が、憧れを明確な目標へと変えた。

 2年続けて筑波大学医学群を受験するもサクラは咲かず、一浪した時の後期試験で同情報学群に入学する。体育会でラグビーも続け、2016年春の卒業後はパナソニックで活躍。50メートルを5秒8で走破するスピードを武器に日の丸を背負う存在になっても、医師になる夢は変わらなかった。

 愛してやまないラグビーのカレンダーを見ていけば、高校在学中にワールドカップ日本大会の、大学在学中には東京五輪の開催が決まっていた。母国で続けて開催されるヒノキ舞台へ挑み、完全燃焼を果たした上で、満を持して医師の道へと進む。夢をひとつひとつ、確実に成就させてきた。

 7人制ラグビーはリオ五輪から正式競技として復活し、パナソニックに加入して1年目の福岡も代表メンバー12人の中に名前を連ねている。日本はプールC初戦で王国ニュージーランド代表を撃破するも、準決勝で金メダルを獲得したフィジー代表に、3位決定戦では南アフリカ代表に屈した。

「大前提として東京五輪の代表メンバーに入ることが大変なので、そこまで大それたことは言えないんですけど。実際にリオ五輪を経験した者として、オリンピックでメダルを獲るか獲らないかの差を本当に感じました。例え4位でも僕たちにとっては快挙でしたけれども、それでも周りの競技の活躍に埋もれてしまった感があって、ちょっと悔しい思いもしたので」