【シドニー】デニス・クラーク氏のワイン用ブドウ農園は、オーストラリア東部の森林火災で焼失することはなかった。しかし、火災現場から立ち上る有害な煙が、2020年の収穫の大半をだめにしてしまうかもしれない。
オーストラリア、カリフォルニア州、その他のブドウ栽培地帯では、以前より深刻な制御不能の火災が起きている。3360億ドル(約36兆8000億円)規模の世界のワイン業界にとって、煙被害の脅威は拡大しつつある。他の果物と違ってブドウは煙を吸収するため、最終的にワインの中に灰のにおいが残ってしまい、口当たりが悪くなる。
豪ビクトリア州のキング・リバー・エステート・ワイナリーで働くクラーク氏は「今もショック状態にある。一体どんな対策が可能なのか考えようとしている段階だ」と語った。同ワイナリーではサンジョベーゼ、バルベーラなどのブドウ品種を今後数カ月の間に収穫する予定だ。
オーストラリアの森林火災では、少なくとも30人が死亡し、何千もの建物が焼失した。観光、農業などさまざまな産業も打撃を受けている。一部エコノミストは、1月半ば時点での被害額を約35億ドルと推計していた。その後も火災が続いているため、被害額はさらに拡大するとみられる。12、1月のピーク時と比べ、火の勢いは衰えてきたが、オーストラリアの夏は2月末まで続くため、新たな火災が発生する恐れもある。
実際に焼失したワイン園はほとんどなく、少し煙に覆われた程度でワイン用のブドウが台無しになるとは限らない。しかし、最近の煙の規模には、ワイン農家や研究者とも警戒感を抱いている。時には、シドニー港の風景がはっきり見えなくなったり、ニュージーランド付近まで空がオレンジ色になったり、宇宙から識別できたりするほど、煙が濃くなることもある。
業界団体のオーストラリア・ワイン研究所のマネジングディレクターを務めるマーク・クルスティック氏によれば、「ワイン業界はイメージに極めて敏感」であり、醸造業者たちは「被害を受けたワインを瓶詰めして、ニューヨークや南米のワイン批評家から酷評されるぐらいなら、そのワインを喜んで排水口に流す」という。
世界有数のワイン輸出国オーストラリアでは、環境に関するリスクが既に高まっていた。豪気象局によると、同国は徐々に暑くなっており、温暖化の大半は1950年以降に生じている。気温上昇はワインの味やブドウの生育地を変える可能性があるため、科学者やワイナリーは、新たな酵母株からブドウ用の日よけに至るまでのあらゆることについて実験を行っている。
今後数週間で煙にさらされた実の実験を行い、被害について評価する見通しだ。それでも、ブドウがどれだけ煙を浴びるとワインの味に影響が出るのか、ブドウの種類によって違いが出るのか、科学者らはまだよく分かっていない。メルボルンのラ・トローブ大学のイアン・ポーター研究教授によると、出たばかりの煙は、出てから時間がたって残っている煙よりも問題が多い。同教授は豪州で煙探知機を使って研究を行っている。