ありんこには、ありんこの戦い方がある

「ありんこには、ありんこの戦い方がある」<br />経済合理性の限界を打ち破る「関係のちから」矢部亨(やべ・とおる)=写真左
1968年生まれ。株式会社矢部園茶舗の3代目。東北学院大学経済学部を卒業後は株式会社イトーヨーカドー(現セブン&アイホールディングス)に就職し、その後、平成7年より株式会社矢部園茶舗に入社、現在は同社代表に就任し、美味しいお茶とその文化を地域に伝えている。お茶に関する資格試験である「茶匠」取得。震災後の2011年5月には被災者雇用を進める会社を設立、現在は、再開発計画が動きだした塩釜の街づくりにも関わっている。
高橋博之(たかはし・ひろゆき)=写真右
株式会社ポケットマルシェ代表取締役CEO/『東北食べる通信』創刊編集長。詳細なプロフィールはこちら

矢部:私の場合は日本茶です。お茶といえば、日常茶飯時、お茶の間、お茶の子さいさいなど、お茶に関する言葉はたくさんあります。でも、お店に食事に行くと、お茶はタダで出てきて、おかわりをしてもタダです。ウーロン茶ならば500円ぐらいしますよね。これっておかしくないですか?

 お茶の生産農家さんにも子どもたちがいます。保育園に通わせなくちゃならないし、ランドセルも買ってあげたい。でも、どこから収入を得るのか? この業界ではお茶を「経費」とみなすような価格帯でしか扱ってもらうことができないのが現状です。そのなかで商売をしなくちゃならないから、お茶の専業農家をできないジレンマがあります。お茶作りに自分の命をかけられない。その状況を作っているのは誰なのか……。それは世の中であり自分自身です。人に指をさしている暇はないんです。

 生産農家は年に1回しかお茶を作れないんです。20歳からお茶を作りはじめて、70歳までお茶を作るとしても、50回しか作れない。自分の人生をかけて、たった50回ですよ。その50回しかとれないお茶を心をこめて作ったのに、安く買い叩かれたらどう思いますか? いま、生産農家さんたちは、物心両面で苦しんでいます。

「食」の仕事に携わる人たちにも、お茶を経費ではなく、食材だと思っていただきたいんです。お客様にお金を払っていただいた瞬間にお茶は経費ではなく、食材に変わります。僕は生産農家をもう一度、輝かせたいと思って、一流の料理人の方々と一緒に「茶摘み」という新商品を作りました。鳥海山の伏流水と、微粉砕された100g3000円という最高級の茶葉がボトルに入っていて、いつでもフレッシュなお茶を楽しむことができます。

新井:買い叩かれて、安い値段で売られていては、本当に食べていけない状態になります。だから、矢部さんは190mlで400円というペットボトルのお茶を作られたんですよ。本当のお茶を楽しんでもらうためには、お茶農家さんを守っていくしかないと。大手飲料メーカーにかなうわけじゃない。でも、矢部さんはわざわざ付加価値のあるものを作って、自分で販売されているんです。

矢部:生産農家を取り巻く理不尽な状況を変えていくために取り組んでいます。生産農家のやりがいは、いいお茶を作ることです。やっぱりいいお茶を作れる環境があって、それに見合う収入をきちんと得られることが最高のモチベーションになります。ありんこには、ありんこの戦い方があると思っています。だから、僕も「しぶとい」ありんこになろうかと……

新井:僕たちはそれぞれ違う業界にいるけど、登山に例えるならば、登るルートが違うだけで、どこかでこうやって出会うんですね。取り組んでいることはみんな同じじゃないですか?

高橋博之氏(以下高橋):ありんこの戦いって、勝てなくても負けない道があると僕は思っています。あらゆるコストを削減して安く消費者のニーズに応えるという、巨大企業と同じ土俵に上るとその瞬間に吹き飛ばされてしまうから勝てない。でも、別の土俵では負けないというのは、まさに矢部さんが進まれている道ですね。勝てなくても負けない道というのは、やっぱり関わりの力でしょうね