しかし相談者は、「生活保護を使いたい」とは書いていない。「生活保護は恥」という意識が強いからだろう。役所の窓口でも「生活保護」とは言えなかったのではないだろうか。回答者の「ぜひ生活保護を」というアドバイスの行間からは、相談者に対する「あなた、生活保護は恥ではないんですよ。役所の窓口で堂々と『生活保護の申請に来ました』と言いましょう。お子さんたちを守るために、ね!」という声が聞こえてくるようだ。

 筆者は溜息をつく。戦後75年目で、新生活保護法が施行されてから70年が経ち、戦後2回目の東京五輪が開催される予定で、「昭和」も「平成」も過去の元号になった今年、戦後間もない時期の「人生相談」が、現在と同様の内容で良いのだろうか。現在、若干の前進が見られるとしたら、生活保護とともに離婚手続きを勧められる可能性が高いこと程度だろう。日本は、哀しくなるほど変わっていない。

日本で生活保護ができるまで
明治時代からその概念はあった

「生活保護」という用語が法律や制度として出現したのは、1946年の旧生活保護法だ。しかし、古い雑誌記事や新聞記事を漁ると、はるか以前から「生活保護」あるいは「生活を保護」といった用語が出現している。

 日本が国として発足させた最初の社会保障制度は、1874年(明治7年)の「恤救規則」(じゅつきゅうきそく)であった。彦根藩(滋賀県)はもともと、独自に「御救米」(おすくいまい)制度を設け、働き手のいない家庭・孤児・高齢者・傷病者・障害者に対して米を給付していた。廃藩置県後も「実施を続けたい」と考えた滋賀県が明治政府に問い合わせたところ、全国の制度として採用されることとなり、米の現物ではなく現金による米代助成となった。

 非常に面白く感じられるのは、「恤救規則」には、「生活できない人」という意味で「産業を営む能わざる者」と記されていることだ。背景としては、「生活」という用語がいまだ出現していなかった可能性が考えられる。また現在の「生活」と「職業」が、「士農工商」の「士」以外の国民大多数にとっては地続きだった可能性も考えられる。