野球というのは奥が深い。弱者が強者に勝つことができるスポーツでもある。頭の使い方、努力の仕方次第では、才能がなくても天才に勝てる。二流でも一流を超えられる。それを実証してみせられたのではないかというのが、65年超のプロ野球人生を振り返っての私のささやかな自負である。

 そして、その土台にあるのは、自分をよく知り、自分に足りないものを見極め、そのために何をすればいいかを求め続ける「正しい努力」だろう。

「正しい努力」はけっして裏切らない。そのことによって最後に笑えるのは、野球も人生も同じだ。

リーダーは孤独なくらいでちょうどいい

 私は南海のプレーイングマネージャー時代から楽天に至るまで、監督時代は一度たりとも選手と食事に行くことはなかった。選手の仲人を引き受けたことも一度もない。グラウンド以外で親睦を深めるようなことはまったくしなかった。

 理由は二つある。一つは、個人的に仲良くなると、監督が持つべき厳しさがゆるむからだ。「かわいがっているから多少打てなくてもいい」。仲良くなれば、こうした人情が働くのは当然のことだ。ならば、最初から互いの距離を近づける必要などない。むしろ近づくことで、いうべきことがいえない関係性を築いてしまうことになるわけだ。

 もう一つの理由は、私の経験が大きい。南海で選手をしていた頃、私以外の選手、とくに六大学の出身者は当時の鶴岡監督によく食事に誘われていた。

 そのときに決めた。自分が上に立ったら、ひいきはしない。グランド以外で特定の選手とつきあい、他の選手の気持ちを揺らし、チームの和を乱すようなことは一切しない、と。