1976年生まれ。元ライブドア堀江貴文氏やグリー田中良和氏など、インターネット第一世代として活躍した西村博之氏、通称「ひろゆき」。日本の匿名掲示板として圧倒的な存在感を誇った「2ちゃんねる」や動画サイト「ニコニコ動画」などを手掛けてきて、いまも英語圏最大の匿名掲示板「4chan」や新サービス「ペンギン村」の管理人を続ける。
そのロジカルな思考は、ときに「論破」「無双」と表現されて注目されてきたが、彼の人生観そのものをうかがう機会はそれほど多くなかった。
今回の新刊『1%の努力』(ひろゆき)では、その部分を掘り下げ、いかに彼が今の立ち位置を築き上げてきたのかを明らかに語った。

「努力はしてこなかったが、僕は食いっぱぐれているわけではない。
 つまり、『1%の努力』はしてきたわけだ」
「世の中、努力信仰で蔓延している。それを企業のトップが平気で口にする。
 ムダな努力は、不幸な人を増やしかねないので、あまりよくない。
 そんな思いから、この企画がはじまった」(本書内容より)

そう語るひろゆき氏。インターネットの恩恵を受け、ネットの世界にどっぷりと浸かってきた「ネット的な生き方」に迫る――

暇つぶしで学生起業

1996年。僕は一浪を経て、中央大学に進学した。

ひろゆき氏(若き日に訪れた秋葉原「東京ラジオデパート」にて)
撮影:榊 智朗

受験勉強をしたくないから、用語集の一番薄い政治経済を選び、自分の学力で受かる大学を受けた。
受験はマークシート式で、最小限の労力で乗り切った。決して東大を目指すようなことはせず、「大卒」のカードは持っておこうと考えた。

僕の人生は、そうやって最低限の努力で生き残ってきたタイプの人生だ。
大学に入っても、学問を学ぶという意識はなく、最短で単位を取りながら、ダラダラと過ごすモラトリアム生活を満喫した。

時間が有り余ると、何かがしたくなる
バイト代わりの暇つぶしにと、仲間たちとホームページ制作の会社「東京アクセス」を立ち上げた。
学生起業をした後、1年間、アメリカに留学しながら、細々と仕事をつづけた。

あ、このまま就職しなくても生きていけそうだな

そう考えるようになっていった。

今度は自分で作ってみよう

意外かもしれないが、大学の4年間はほぼフル単位で卒業をした。すべての授業に出ていたわけではない。出なくても単位がとれる授業を選び、最短距離で卒業をした。

1997年、大学1年生の冬にパソコンを買った。
中古のダイナブックで10万円くらいで、「これでようやく家でインターネットができるのか」と思った。当時はまだ面白いサイトも少なかったので、一通り見終わったら、今度は「自分で作ってみよう」と思った。
初めて作ったのは、「交通違反の揉み消し方」というページだった。法律の抜け穴を考えるのが好きで、役に立つ情報は進んでシェアする感覚が当時からあった。