「民間主導」でデフレ脱却ができないのは当たり前

中野 答え自体は簡単です。経済全体の需要を増やせばいいんです。

 デフレとは「需要不足/供給過剰」の状態ですから、人々が消費や投資を増やして、需要を増やせばいい。そうすれば、デフレから脱却して、景気はよくなって、経済成長が始まります。

 しかし、それが口で言うほど簡単ではありません。なぜなら、デフレ下では、人々が消費や投資を控えて、貯蓄に励むのが「経済合理的」だからです。当たり前ですよね? 給料が下がっているのに、じゃんじゃんモノを買っていたら、その人は、明らかにおかしいでしょう。モノが売れないのに、設備投資を拡大する企業があれば、その企業もおかしい。

 景気が悪いときには、支出を切り詰めなければ、個人や企業は生き残ることができません。不景気で苦しいときに、節約して貯蓄に励むのは、美徳ですらあるのです。しかし、その結果、ますます需要が縮小して、デフレは悪化する。節約という、人々が苦しさを乗り切ろうとしてとった合理的な行動が、経済全体で見ると、需要の縮小を招き、人々をさらに苦しめるという不条理な結果を招いているのです。

 このように、一人ひとりにとっては「経済合理的」な行動でも、それが積み重なった結果、全体として好ましくない事態がもたされてしまうことを「合成の誤謬」と言います。そして、デフレは「合成の誤謬」の典型です。だから、民間の力だけでは、デフレから脱却することは絶対にできません。

――では、どうすればいいんですか?

中野 「大バカ者」がいればいいんですよ(笑)。

――は? 「大バカ者」……ですか?

中野 ええ。デフレ下では、節約するのが経済合理的ですから誰も消費・投資をしないので、需要と供給の差(デフレ・ギャップ)は絶対に埋まりません。だから、デフレなのに、とんでもない金額のおカネを使う「大バカ者」が登場して、デフレ・ギャップを埋めてあげなければいけない。その「大バカ者」を「政府」というんです。

――なるほど。民間主導ではデフレから脱却できないのだから、政府主導でやるしかない、と?

中野 そうです。要するに、政府が財政出動で需要を生み出して、デフレ・ギャップを埋める以外に、デフレから脱却する方法はないのです。先ほど私は、「デフレのときには、財政赤字に制約はない」と言いましたが、デフレのときに財政赤字に制約を設けると、デフレから脱却することができないと言うべきなんです。

 ここにも、ビジネス・センスでマクロ経済を論じる危険性があります。デフレ下においては、民間のビジネスでは節約が美徳であっても、その美徳を政府に求めたらデフレから脱却できなくなるからです。むしろ、政府は民間とは逆の行動をとらなければならない。デフレのときには支出を増やし、インフレのときには支出を減らすことで、経済を調整するのが政府の役割なんです。

――しかし、これまでも日本政府は財政出動を増やしたことがあったけれども、景気対策としての効果はなかったと聞いたことがあります。