「財政健全化しなければ財政破綻する」という常識に真っ向から反論するMMT(現代貨幣理論)が話題だ。「日本政府はもっと財政赤字を拡大すべき」という過激とも見える主張だけに賛否両論が渦巻いている。常識とMMTのどちらが正しいのか? 「経済学オンチ」の書籍編集者が、日本におけるMMTの第一人者である中野剛志氏に、素朴な疑問をぶつけまくってみた。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)
経済学200年の歴史で、最もスキャンダラスな理論
――中野さんは、賛否両論を呼んでいるMMT(Modern Monetary Theory)の中心的論者であるL・ランダル・レイが書いた『MMT 現代貨幣理論入門』(2019年8月刊)の日本版の序文を書いていらっしゃいますが、どういう経緯で執筆されたのですか?
中野剛志(以下、中野) 私がはじめてMMTについて触れた『富国と強兵 地政経済学序説』という本を2016年に出版したんですが、その担当編集者にこの本の翻訳書を出したらどうかとすすめたんです。それが2018年のことですから、アメリカ民主党のオカシオ・コルテス議員がMMT支持を表明する前のことです。まさかMMTが米国内で大論争になり、それが日本に飛び火してくるとは思っていませんでした。
――なるほど、それで序文を依頼されたわけですね。いままさに、アメリカ民主党の大統領候補者争いで健闘しているサンダース議員の政策顧問に、MMTの主唱者のひとりであるステファニー・ケルトン・ニューヨーク州立大学教授がついているそうですから、アメリカでは、これからさらにMMT論争が広がりそうですね。それにしても、500ページを超える大著で、3400円(税別)という高価格本としては、よく読まれていますね?
中野 そのようですね。アメリカから日本にMMT論争が飛び火して、財務省や主流派の経済学者を中心に、MMTはそんなことは言っていないのに、「野放図に財政出動するなんてバカげている」といった批判が噴出して、多くの国民も「MMTって何なんだ?」と関心をもったのでしょう。MMTを体系的に説明する入門書が出版されたら、これを読まずに議論するのはフェアじゃないですからね。
――この本が出てから、日本におけるMMTに対する批判はどうなりましたか?
中野 当初よくあった「トンデモ理論」「単なる暴論」といった批判はやんでしまった感じもしますが、単に世の中の話題としてMMTの旬が過ぎただけなのかもしれません。それは、わからないですね。
――私は、もっと批判が出て、議論が深まってほしいと思っています。中野さんのMMTの解説を読んでいると、「なるほど」と思うんですが、一方で、私には経済学の素養がないので、何かを見落としていて、騙されてるんじゃないかと不安になるからです。
中野 なるほど。
――もちろん、当初、MMTは“ポッと出の新奇な理論”なのかと思いましたが、かなり歴史的な蓄積のある理論であることもわかっているつもりです。しかし、MMTの議論を見聞きしていると、これまで、なんとなく“当たり前”と思ってきたことが、次々に覆されるので、戸惑いも感じてしまうんです。
中野 そうですね。MMTは、20世紀初頭のクナップ、ケインズ、シュンペーターらの理論を原型として、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキーなどの卓越した経済学者の業績も取り込んで、1990年代に成立した経済理論ですから、その原型も含めて考えれば約100年におよぶ歴史をもっています。
そして、MMTは、世界中の経済学者や政策担当者が受け入れている主流派経済学が大きな間違いを犯していることを暴きました。しかも、経済学とは、貨幣を使った活動についての理論のはずですが、その貨幣について、主流派経済学は正しく理解していなかったというんです。もし、MMTが正しいとすれば、主流派経済学はその基盤から崩れ去って、その権威は地に落ちることになるでしょう。
こんなスキャンダラスなことは、アダム・スミス以来、約200年の歴史をもつ経済学でもそうそうなかったことです。あなたが戸惑うのも無理ないと思います。