「財政政策は景気対策として有効ではない」は本当か?

中野 ああ、そのような認識が日本には根強くありますね。バブル崩壊後の1990年代に巨額の公共事業が景気対策として行われたけれど、不況から脱することができなかったので、財政政策は有効ではないというわけです。

 だけど、それも事実誤認です。まず、日本の公共投資が増加したのは、90年代前半だけで、90年代後半以降は減少に転じ、2000年代に入ると公共投資はさらに減らされました。

 そして、日本経済がデフレに突入したのは、まさに公共投資が減少し、消費税が5%へと増税された直後の1998年からです。公共投資が減らされる前の90年代前半は、少なくともデフレは回避できていたのです。

 しかも、公共投資が増加したとされる90年代前半ですら、90年度から96年度にかけて、一般政府(中央政府と地方政府)による投資額は、約13兆円増加しただけでした。中央政府による投資額に限れば、1兆5000億円程度しか増えていないんです。

 だから、1990年代の日本の経験は、公共投資が多すぎたとか、意味がなかったということを示すものではありません。むしろ、その逆で、1990年代の公共投資は多すぎたのではなく、少なすぎたのです。

 実際、国際通貨基金(IMF)も、2014年10月の「世界経済見通し」において、日本の90年代前半の財政政策を検証して、当時の公共投資の規模は不十分であったものの、効果がなかったというのは間違いであると結論しています。

――緊縮財政を各国で実施してきた、あのIMFがですか?

中野 そうです。あのIMFですら、日本の90年代の財政出動は無駄ではなく、むしろもっと積極的にやるべきだったと言っているんです。

 そもそもバブルの崩壊とは、資産価値がいきなり半減したほどの大きなショックだったわけです。その大ショックに対応して、デフレへの転落を防ぐためには、中途半端な景気対策ではダメだったんです。もっと巨額の公共投資をもっと長く続けるべきでした。そうしていれば、デフレにはならず、日本経済はもっと成長していたに違いありません。

――そうなんですね……。でも、日本はグローバル化が進んだために、公共投資による景気効果は弱くなっていると聞いたことがあります。

中野 ああ、それは主流派経済学の大物であるローレンス・サマーズが「MMTは閉鎖経済を前提としていて、開放経済では通用しない」とMMT批判をするときのロジックと同じですね。主流派経済学は財政政策には意味がないと教えていますが、それはこういうロジックなんです。

 開放経済下では、財政赤字を拡大することによって、たしかに内需が増えるが、そうすると民間資金が枯渇して金利が上昇するから通貨高になる。通貨が高くなると外需が減るから、せっかく増やした内需を相殺する。だから、開放経済下では財政政策は無意味だというわけです。「通貨高」というものを計算に入れているんですね。これが主流派経済学の標準的な考え方だから、サマーズは「MMTは、きっと閉鎖経済を前提にしているに違いない」と思い込んで、的外れな批判をしているんです。

――的外れ?

中野 まったくの的外れ。論外ですよ。前に説明した国債発行のオペレーションを思い出してください。国債を発行して民間資金を吸い上げているのではなく、逆に、国債を発行して財政出動を行うことで、民間資金は増えるんです。そして、金利にはまったく影響がない。これが事実でしたよね?

 だから、主流派の経済学者が主張するように、「民間資金が枯渇して金利が上昇するから通貨高になる」などという現象が起きるはずがないんです。よって、この議論は、「以上、終わり」ということです。念のために付け加えておくと、MMTは開放経済を前提にしており、変動相場制のほうが望ましいと論じています。

――なるほど……。

中野 主流派経済学の何が痛いかというと、「貸出が預金を生む」という事実を知らないことなんです。集めた預金を貸し出していると思い込んでいるから、資金が逼迫すると勘違いしている。信用創造という資本主義の基本中の基本を理解していれば、こんな理解にはならないんです。

 ついでに言っておくと、「デフレ脱却のため」という触れ込みで、主流派経済学者が主張して実行された、いわゆる「リフレ政策」(インフレ目標と量的緩和)がほとんど効果がないのも当たり前のことなんです。

――そうなんですか?

(次回に続く)

連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
連載第2回 https://diamond.jp/articles/-/230690
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連載第8回 https://diamond.jp/articles/-/231347
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連載第11回 https://diamond.jp/articles/-/231365
連載第12回 https://diamond.jp/articles/-/231383
連載第13回(最終回) https://diamond.jp/articles/-/231385

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。