過剰な自粛をあおる2つの原因

 それはともかく、日本全体の過剰なまでの自粛の背景にあるのは、もちろん安倍総理のイベント自粛要請ですが、ここで改めて“自粛”の正確な意味を調べてみると「自分で自分の行いを慎むこと」(広辞苑)となります。そして“慎む”の意味を調べると「あやまちや軽はずみなことがないように気をつける。慎重に事をなす」とあります。つまり、「自粛イコール何でも中止」とはならないではないのです。

 実際、2月26日の新型コロナウイルス感染症対策本部(第14回)で安倍総理は、「この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であることを踏まえ、また、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします」と述べています。中止は選択肢の1つに過ぎないのです。

 それにもかかわらず、イベントのみならず宴会や旅行も含め、経済活動の凄まじいまでの自粛が起きているのは何故でしょうか。私は2つの原因があるのではないかと思っています。

 1つは、コロナウイルスについて専門家の間でも意見が分かれている中で、感染症の専門家の方々の中にはちょっと極端な持論を気軽に言い過ぎている人がいて、それが結果的に国民の不安心理を過剰に煽っているのではないかということです。

 メディアに出演している専門家の中に数名そういう人が見受けられますが、政府の専門家会議のメンバーも同様です。そもそも2月24日に「これから1-2週間が瀬戸際」と言ったのも、本当に2週間で沈静化するか誰も分からない中では無責任と思います。

 また、メンバーの1人は会見で「戦いは数カ月から半年、年を超えて続くかもしれない」と発言していますが、それが本当に事実か分からない中でこういう表現をすると国民の不安を煽るだけであることを考えると、それを公の場で平気で言っていることには違和感を覚えます。

 もう1つは、強い自粛への同調を求めるネット上の人たちの声です。典型例は、自粛要請が出る中、東京事変が東京でのコンサートを開催したところ、YOSHIKIさんや多くの一般の人が批判したことです。

 これはある意味で、感染症専門家の厳しい見方の意見に賛同している人たちが、専門家の間でも意見が分かれているにもかかわらず、他人に対しても同じ意見に賛同するよう強制しているのと同じではないでしょうか。

 宝塚歌劇団が3月9、10日に公演を再開したのに12~19日までまた休演することを決めたのも、もちろん政府の自粛要請の期間が10日長くなったのもありますが、この判断には、公演再開に対して同様な批判の意見が多かったことも影響したのではないでしょうか。