話が大げさになってしまったが、現在アラフォーより上のおじさんと呼ばれる人たちはこの“正直しんどい”とどう向き合い、どう乗り越えてきたのか、いくつかの事例を紹介したい。

何ごともマイルドになってきたこの時代
「飲む・打つ・買う」は今

 昭和の大人の男性の嗜(たしな)みといえば「飲む・打つ・買う」であった。これを令和でおおっぴらに唱えたとしたら結構ひんしゅくを買いそうである。この3つが令和の今も男性の息抜きの選択肢のひとつとしてあるには違いないが、「飲む」はまだしも、「打つ」には「不健康」の眼差しが、「買う」には「倫理観欠如の疑いアリ」の眼差しが向けられる。よかれあしかれ何事もマイルドになってきているのが令和である。

 今から20年近く前の話になるので平成のことだが、筆者が会社勤めをしていた時、直属の上司が新婚であるにもかかわらず大のキャバクラ好きであった。仕事は忙しく終電を逃すことも珍しくなかったが、その日の業務にようやく目処がつきそうな深夜1時半、オフィスで「ああ、今日もやっと帰れる…」と思っていると、横の上司が静かに「今日もがんばったな」と口を開く。

「はい、がんばりました」

「お疲れ。今日も息抜きに軽く行っとくか」

 ぺーぺーの筆者に拒否権などあるはずなく、退社して乗り込んだタクシーは一路六本木へ。この展開は日常化していたが、それでも上司が選ぶのは会話のみの健全なキャバクラで、性風俗に足を向けたことは一度としてなかった。昭和でも令和でもなく、「なんとなく平成的であった」と思い起こされる、個人的な体験談である。

 上司は己の“正直しんどい”を、「これが終わったらキャバクラに行ける!」と思うことでいなし、馬の鼻先のニンジンのごときやり口でセルフコントロールしていたのであろう。

 とはいえ令和の現在も夜の街、とりわけ女性が接客してくれる店に行くことでストレスを発散し、“正直しんどい”を浄化しようとする人らもいるようで、時代が変わっても男性の本質はあまり変わらないのかなと思わされる。

 結婚を夢見る独身のAさん(41歳男性)は「月に2、3回、そういう店に行く」とのことである。同僚や友人と連れ立っていくこともあれば単身赴くこともある。

「女性と接すると楽しいし、癒される。仕事ばかりしていると穢(けが)れが溜まってくるので、しかるべき場所でお祓いをしてもらわないといけない」(Aさん)

 お察しの通り、Aさんは複数名で店に行く時、仲間と「お祓いだ!お祓いだ!」と騒いで気勢を上げているという。楽しそうで何よりである。