フォロワー20万人超! 仏教の視点をもって、国内外の方々から寄せられた「人間関係」「仕事」「恋愛」「健康」などの相談に応える YouTube チャンネル「大愚和尚の一問一答」が人気爆発。
「実際にお寺に行かなくてもスマホで説法が聞ける」と話題になっています。
その大愚和尚はじめての本、
『苦しみの手放し方』が、発売になりました。
大愚和尚は、多くのアドバイスをする中で、
「苦しみには共通したパターンがある」「多くの人がウソや偽りを離れて、本当の自分をさらけ出したいと願っている」「苦しみを吐き出して可視化することによって、人は少し苦しみを手放すことができる」ということに気づいたといいます。
そんな和尚の経験をもとに、この連載では
『苦しみの手放し方』から、仕事、お金、人間関係、病気、恋愛、子育てなど、どんな苦しみも手放せて、人生をもっと楽に生きることができるようなヒントになる話をご紹介していきます。(撮影/小原孝博)

【大愚和尚】人間の価値は、どこで決まるのか?

初心を忘れないで、人知れず努力する。
それが仕事の本分である

 先日、会社員のMさんから、「転職をしようか迷っている」という相談をいただきました。
 入社して6年。自分では会社に貢献してきた自負がある。仕事も頑張っている。それなのに、給料や評価に反映されないことが不満で、「会社が認めてくれないのであれば、辞めてもいいのではないか」と思うようになったのです。
 私は、彼の話をひと通り聞いたあと、「禅語」を2つ贈りました。
 「初心不改(しょしんふかい)」
 「潜行密用(せんこうみつよう)」
 という禅語です。

 「初心不改」は、禅の問答集『碧巌録(へきがんろく)』に出てくる禅語であり、
 「『何かしよう』と思い立ったときの『決心』を、変わらずに持ち続ける」
 ことです。
 「潜行密用」は、中国唐代の禅僧(中国曹洞宗の開祖)、洞山良价(とうざんりょうかい)の残した言葉で、
 「目立たぬように、誰がしたかわからぬように、日常のささやかなことでも、手を抜かない」
 といった意味です。
 洞山良价が作成した『宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)』という漢詩の中には、次のような一節が残されています。
 「潜行密用は 愚(ぐ)の如(ごと)く魯(ろ)の如(ごと)し」
 「人が見ていないところで、なすべき善を、愚鈍にひたすら行う」という教えです。

 「初心不改」と、「潜行密用」を実践して、人生を大きく切り開いた人がいます。
 世界の一流シェフに名を連ねる「オテル・ドゥ・ミクニ」代表、三國清三(みくにきよみ)シェフです。
 三國シェフは、子どもの頃、「ハンバーグをつくる料理人になりたい」と決心し、中学卒業後、夜間の調理師学校を経て、北の迎賓館と呼ばれた「札幌グランドホテル」で修業をはじめました。

 札幌グランドホテルでの最初の仕事は、「従業員食堂の飯炊きの手伝い」です。
 三國シェフは、「どぶ掃除でも何でもする」という思いで仕事に取り組み、飯炊きが終わったあとも、宴会場の皿洗いを一手に引き受けました。社員寮にはほとんど帰らず、厨房に残って、毎晩、料理の練習をしたそうです。
 そして、18歳のとき、料理長補佐としてステーキワゴンを任されるまでに成長しました。子どもの頃の「初心」を果たしたのです。

 その後、札幌を離れて上京し、「帝国ホテル」で働くことになります。しかし、札幌グランドホテルの料理長補佐といえども、帝国ホテルでは、「洗い場のアルバイト」のひとりにすぎませんでした。
 2年経っても正社員にはなれず、北海道に戻ることも考えましたが、
 「たとえ戻ることになっても、日本一のホテルの洗い場を担当した者として、ホテルの鍋を全部、自分の手でピカピカに磨いてから去る」
 と誓い、
 「ホテルにある18のレストランの洗い場をすべて手伝わせてくれ、お金はいらない」
 と直訴。それから毎晩、自分の仕事が終わってから、すべてのレストランを回って、鍋を磨いたそうです。
 そうして3ヵ月ほど経った頃、三國シェフは、「料理人の神様」と称されていた帝国ホテルの村上信夫料理長から、思いもよらない提案を受けることになります。村上信夫料理長は、
 「帝国ホテルの社長から、『600名の料理人の中で、いちばん腕のいい者を、ジュネーブの日本大使館のコック長に推薦してくれ』と言われ、キミを推薦した」
 と言って、社員でもなく、一度も料理を披露していない「一介のアルバイト」を大役に抜擢したのです。

 三國シェフは、「従業員食堂の飯炊き」をしていたときも、「洗い場のアルバイト」をしていたときも、自分の信念に従い、腐らず、自分のやるべき仕事を愚直に続けました。
 村上料理長は、そんな三國シェフの「ひたむきさ」と、愚直に努力を続ける「心の強さ」に気づいていたのです。
 先が見えなくても、自分の初心を失わない。そして、目の前のことに必死に向き合う……。
 野心や、評価や、私欲に心を動かされず、ただひたすらやり続けた結果として、三國シェフの前には、大きな道が開けたのです。
 Mさんにも、初心があったはずです。
 「この会社で、こういう仕事がしたい」という志や目標があったはずです。
 その初心を成し遂げるために、たとえ、人に知られることがなくても、努力を続けることができたのであれば、私は、「転職をしてもいい」と思います。
 しかし、人の目ばかり気にして、他人の評価を得るために行動をしているのであれば、転職は時期尚早でしょう。
 なぜなら、人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるからです。
 他人の評価に一喜一憂するのではなく、自分の信条や本心に従って、愚直に生きる。自分が望む未来は、その先にしかないと私は思います。

(本原稿は、大愚元勝著『苦しみの手放し方』からの抜粋です)