ゴールなき居場所~カルトとコミュニティーの違いとは?

ムーギー・キム
ムーギー・キム氏

ムーギー 覚醒するカフェインだから、栄養はあんまりないと。先ほど「マイルドヤンキーに火をつけたい」とおっしゃっていましたけど、箕輪編集室はある意味、「マイルド宗教」ですよね。箕輪さんという生きざまのロールモデルを求めているところがある。それに、箕輪さんに対して、アイデンティティを一体化しているんでしょうね。

 つまり、自分はできないようなことでも、箕輪さんを応援することによって、一体感を得ていると。

箕輪 確かに、箕輪編集室というコミュニティーにいることによって、自分の価値観を表明しているようなところはありますね。例えば、Twitterのアカウントの自己紹介欄に「ムーギー・キム(箕輪編集室)」みたいに書く人が多いんですよ。これが、メルマガで一方通行の発信だとそうはならないと思うんですけど、オンラインサロンでいろんなプロジェクトにコミットしているから、アイデンティティになっているんでしょうね。

ムーギー それはまさに、「居場所」としての需要でしょうね。このコミュニティにいると、日常とは違う尺度で、自分を受け入れてもらえると感じられることが、本質的な価値になっているんですね。

箕輪 僕は最初は、そういう生ぬるい集団ってうさんくさいと思っていたんですよ。だから、メンバーがまだ100人未満の初期の箕輪編集室って、超ガチな体育会みたいな集団だったんです。とにかく「手を動かせ!」って言いまくっていて。

 その頃、のちに僕が編集した『WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. 』という本の著者、コルク代表の佐渡島庸平さんに「箕輪さんがやっていることはカルト的だけど、コミュニティーではないよね」って言われても、全然ピンとこなくて。

ムーギー 「カルト的だけど、コミュニティーではない」って、名言ですね。

箕輪 佐渡島さんが言うには、いろんなプロジェクトで次々にみんなを熱狂させるけど、プロジェクトにはゴールがあるよね、と。でも、出口がなくて、そこにただいていいのがコミュニティだよ、みたいなことを言われて、そのときは「何をふわっとしたことを言っているんだ?」と思ったんですよね。

 ただ、精鋭的なメンバーだけじゃなくて、ふわっとしたメンバーも増えてきたことで、柔軟な場所になって、できることも増えたんですよ。佐渡島さんは「全員に役割を与えて、安全・安心を感じさせることが、コミュニティーの第一歩」というふうにも言っていて、それを意識したときに、確かにいろんな役割があるなと思えたんですよね。

ムーギー そこから「居場所」としてのコミュニティーに価値を見いだしていったんですね。