付き添いの家族らが医者の腕をつかみ、ひざまずいて「先生、助けて!」と泣きつく光景が何度も見られた。

 それでも、まだきちんと入院できれば、マシなほうだった。

 病院の玄関で急にバタッと倒れて亡くなった人、病室に運ばれる前に亡くなった人、入院できず自宅で亡くなった人も多かったからだ。

 そのような中で、中国の旧正月(春節)の大晦日の1月24日には、上海や浙江省が先陣を切って、それぞれ130人の医療チームを組織し、多くの医療用品を持参して武漢に入った。その後、全国約29の省・市から続々と医療チームが現地入りした。

 全国から応援の医療チームが到着すると、武漢市内と周辺の展示場や体育館などは“臨時病院”として使用された。またコンテナ病院(合計2600床)が市内の2カ所に、わずか10日間という突貫工事で作り上げられた。

医療チーム約5万人のうち
7割が女性の看護師

 全国から駆けつけた医療チーム約5万人のうち、7割が女性の看護師であった。

 いつ感染してもおかしくないような最前線の現場で奮闘する姿や、さまざまな感動物語が絶えずマスコミやSNSで拡散され、伝えられていた。彼女らは「最も美しい女性たち」と称賛された。

 彼女たちは職場を離れれば、母であり、妻であり、恋人であり、そして、娘である。家族を残して命の危険を冒して武漢にきた。中には、家族には内緒にして医療チームに参加した人もいるという。

 防護服は不足気味であり、使い捨てである。しかも、着脱はかなり面倒で困難であるため、多くの看護師はなるべくトイレに行かないように心がけた。実際、成人用のオムツを使う人も少なくなかった。飲まず食わずで10時間以上働き続けた。

 ある看護師は妊娠9カ月であるにもかかわらず、現場で頑張った。また、ある若い看護師の顔写真がSNSで拡散され、中国全土で話題となった。長時間つけたゴーグル跡の顔の写真があまり痛々しくて、多くの人は「あー、なんと過酷なことか」と同情し、その仕事ぶりに感謝したのだ。