なぜ安倍首相は緊急事態宣言を
なかなか出さなかったのか?

 最後に、安倍首相が「緊急事態宣言」をなかなか出さなかったことについて考えてみたい。重要なのは、首相が「現時点では全国的かつ急速なまん延という状況にはない」と言い続けてきたことだ。

 この安倍首相の説明は厳しく批判されてきたが、言っていること自体は間違っていなかったのだろう。東京や大阪では、オーバーシュート寸前のぎりぎりの状況が続いている。一方、感染者がほとんど発生していない県も少なくない。確かに、「全国的かつ急速なまん延」という、緊急事態発動の要件を満たしていなかった。これも、日本の中央集権体制の限界を明らかに示している。

 安倍政権が後手に回っていると批判される一方で、目立っているのは地方自治体の首長だ。新型コロナウイルスの感染者数が一時、全国最多となった北海道では、鈴木直道知事が法的根拠のないまま「緊急事態宣言」を出した。3週間にわたって週末の外出自粛を求め、感染者増加のペースを抑え込んだ。

 和歌山県の仁坂吉伸知事は中央政府の方針を破り、独自の検査基準を採用。感染ルートの追跡を徹底することで新型コロナウイルスの封じ込めに成功した。それは、米紙「ワシントン・ポスト」から「和歌山モデル」と称賛された(Washington Post, "A region in Japan launched its own coronavirus fight. It’s now called a ‘model’ in local action.")。

 大阪府の吉村知事も、3月19日に厚労省から得た非公式の情報に基づき、「大阪と兵庫はいつ爆発的感染が起きてもおかしくない状況だ。大阪も感染者が増えており、警戒しないといけない」として、20日からの3連休中に「大阪・兵庫間の不要不急の往来を控えてほしい」と府民に呼び掛けた。

 知事の行動は、どれも法的根拠がないまま知事の独断で決定されたものだ。知事が法的な根拠に基づく権限を持つには、安倍首相が「緊急事態宣言」を発動する必要があった。だが、宣言が出ないために、知事の行動は違法状態という危うい状態にあった。

 小池都知事は、政府が緊急事態宣言を発令した場合における都の対応措置の概要案を既に公表している。都民に対して外出自粛や施設の使用制限・停止などを要請する一方で、食料品や医薬品など生活必需品の販売や銀行・証券取引所をはじめとする金融サービスなどについては「必要な衛生管理などを確保の上で引き続き営業していただく」としている。

 小池知事が概要案を公表したのは、都民や事業者が事前準備できるようにすることが目的だ。新型コロナウイルス対策で、現場の実情に合わせた対応を迅速に考え実行できるのは、中央政府よりも地方自治体であることを示しているのではないだろうか。

「ポストコロナ」時代は
中国が覇権を握る世界ではない

 世界的にみれば、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることに一定の成功を収めているとみられるのは、台湾や香港、シンガポールといった、柔軟で迅速な対応が可能な「コンパクトな民主主義国・地域」である。一方、米国・中国などの大国や、加盟国の国家主権を制限した巨大な共同体である欧州連合(EU)では、感染爆発が起こってしまった。

安倍政権のコロナ対策が「国民ウケ狙い」を外しまくり後手に回る理由本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されました。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

「ポストコロナ」の時代は、中国が覇権を握り、中国をモデルとする言論統制・人権制限の権威主義国家が多く誕生する世界ではない。それは既に限界を露呈しているのだ。むしろ、今後は中央集権の国家の限界を超えた、「地域」の時代が出現するのかもしれない。

 この連載で論じてきたが、日本でいえば、東京や大阪、京都、名古屋、札幌、仙台、広島、福岡などの大都市に政府の権限の多くを移管し、その大都市の周りを市町村が囲み、社会保障や福祉などの行政サービスを提供する「地方主権」である。そして、日本の地域が海外の地域と直接結び付いて、東京を介さない分権的で国際的な経済圏を形成する(第204回)。

 コロナ禍によって、グローバル社会・経済のさまざまな問題が表面化したといわれる。その解決策は、国家権力の強化による集権化ではない。コンパクトな地域が権限と財源を持ち、地域同士がネットワークを形成する。そして、感染症のような問題でも迅速で柔軟な対応ができる。そんな新しい国際社会の構築であるべきだ。