在宅ワーク、等間隔に並んだレジ待ちの列、至る所に設置された消毒液……。コロナ禍のなか、「ソーシャルディスタンス」という言葉、そしてそれに基づく生活様式は一気に日常に浸透しました。このソーシャルディスタンスという言葉が持つ意味と危険性を、年間1000冊の本を読破し、「知の越境家」としても活動する正木伸城氏が解説。ダニエル・デフォー、スーザン・ソンタグ、スラヴォイ・ジジェクと辿った先で見えたひとつの答えとは。

 新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」)の脅威は待ったなしだ。本稿執筆時点(2020年5月10日)の世界での感染者数は約400万人、死者は約28万人にのぼる(ともにWHO〈世界保健機関〉調べ)。クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客の感染が発表され、日本での「コロナ禍」報道が過熱した同年2月頭からわずか3ヵ月で生活は一変した。

 パンデミックやロックダウンなどの耳慣れなかったカタカナ語も、今ではすっかり浸透。なかでも身近に意識されやすいのが「ソーシャルディスタンス」だ。WHO等では「Social Distancing」とも表記されるその語は、私たちの生活にさまざまな影響を与え、コロナ禍のもとを生きる我々にとって秩序としての意味合いすら帯びてきている。

 今回は、感染拡大防止に有用と言われるその語を吟味し、むしろ「ともすると危ないものに変化し得る」点を明らかにし、ソーシャルディスタンスとの適切な“つき合い方”を模索したい。

ソーシャルディスタンスとは何か。日常との関わりは?

 新型コロナの感染拡大を抑制するSocial DistancingについてWHOは「咳やくしゃみをしている人との間を少なくとも1メートルの距離に保つ」(拙訳、以下同)と述べている。一方、CDC(米国疾病予防管理センター)は「自宅の外で他人との間にスペースを保つこと」と明文化し、①他人から6フィート(約180センチメートル)以上離れる、②グループで集まらない、③混雑した場所・集まりを避ける、と具体的な項目を示している。日本では「2メートル以上、他人との距離を保つ」と大方理解されているだろう。

 だが、各国の定義には多少のばらつきがある。多くの場合、都市封鎖(ロックダウン)や感染者隔離、職場や学校での対策、集会の禁止等も含むように使われている。

 日本のソーシャルディスタンスもここ2ヵ月ほどでかなり定着した。直近で緊急事態宣言は解除されたが、その間、多くの人や店舗が自粛要請に従って活動や営業を抑制・休止し、日常的な友人との語らいの場もオンラインに移行した。こういった流れは全面的ではないにしろこれからも続くだろう。

 当然ながらソーシャルディスタンスは強制されてはならない。だが、「距離をとってください」と呼び掛けるだけでは徹底されないのも事実だ。なぜなら、ソーシャルディスタンスは物理的に人の活動に制限をかけ、それが経済に影響を与え、人々の生活を脅かしてしまうからだ。それゆえ実施要請にあたっては、国民の生活保障、経済的・社会的サポート、障害者や病者、子ども、高齢者などの社会的弱者のニーズに応える配慮を可能な限り施す必要がある。加えて、他人との距離が確保できる環境、実施を促す仕組みを用意することが大切になる。

 国の対応についてはさまざまな評価があるが、今現在も、上記サポートを目指していることは確かだろう。そしてソーシャルディスタンスの仕組み化も、私の家の近くにあるコンビニ、スーパーから、公共交通機関、職場および労働環境にまで反映されてきている。

 コンビニやスーパーに行けば、レジ前には客の立ち位置を示すテーピングがなされている。その印に従ったレジ待ちの列は等間隔になる。また、会計時もレジスタッフと客との間が透明なビニールシートで仕切られ、互いが直接触れ合わないよう金銭の授受もトレー越しに行われる。街中に散在していた「集まれる空間」も、緊急事態宣言を受け、軒並み閉鎖されたことはご存じのとおりだ。