オンラインサロンがもてはやされ、大手メディアもサブスクリプションの採用を始めるなど、現在、メディアの世界には大きな変化の波が押し寄せています。しかしその一方で、読者をつなぎとめておくための日々の運用に疲弊しているメディアも多いのではないでしょうか。一方通行の情報発信メディアから、読者コミュニティとともに成長する双方向型のメディアのあり方を「コミュニティメディア」と名付け、取材していく本連載。『ローカルメディアのつくりかた』などで知られる編集者の影山裕樹さんがレポートします。今回取り上げるのは、国内だけで2000万、海外を含めると5000万のダウンロード数を誇るスマホゲームアプリ「Fate/Grand Order(FGO)」。リアルイベントでの新情報の発表、時間をかけて作られるコンテンツ、ファンからアンケートで好きな章として一番人気のあった「第1部 第七章」の映像化など、従来のスマホゲームの印象を大きく覆すFGOの本質にあったのは、コアユーザーと開発者、原作者が同じ目線で熱狂する「コミュニティ」でした。(写真、画像提供/FGO PROJECT)
全世界ダウンロード数5000万! 人気ゲームアプリ「FGO」とは?
英会話アプリやソーシャルゲームなど、さまざまな機能を持ったアプリが、iOS、Androidともに、日々大量にリリースされている。そんなスマホアプリ戦国時代の中で、国内だけで2000万、海外を含めると5000万という膨大なダウンロード数(編集部注:2020年5月時点)を誇り、「日本ゲーム大賞 2018」優秀賞、「ファミ通アワード2017」「同2018」優秀賞など数々の受賞歴がある人気ゲームアプリが「Fate/Grand Order(フェイト/グランドオーダー。以下、FGO)」だ。
こうしたアプリの多くは、テレビやSNSで広告を打ち、まずは無料ダウンロードしてもらってユーザー数を増やし、エンゲージメントの高い課金ユーザーを取り込んでいくのがセオリーだ。そのため、その時に人気のあるコンテンツやキャラクターとコラボレーションし、「限定」の名目でガチャ(課金)を迫るアプリが多い。しかし、FGOはマーケティング先行型のゲームアプリとは一味違う。
内容はいたってオーソドックスなRPG(ロールプレイングゲーム)で、プレイヤーは男性か女性の主人公を選び、物語を読み進めつつ、適宜挿入される戦闘パートをクリアしていく。基本プレイ無料で、ストーリーを無課金でクリアすることも原理的には可能だ。
しかしFGOがその他のソーシャルゲームと異なり、2015年のリリースから5年目となる現在も熱烈なファンを増やしつづける理由は、刹那的なキャンペーンで新規ユーザーの獲得にやっきになるのではなく、長くプレイしてくれるコアなファンを第一に考える開発・運用姿勢と、重厚なシナリオ、複数のゲームやアニメコンテンツを横断する広大で深淵な世界観といった、圧倒的な“コンテンツの質”による求心力にある。
ニュースや読み物など情報コンテンツをスマホから摂取する人の割合のほうがPC経由で摂取する人よりも多くなっている昨今、この連載のテーマでもある情報メディアと、その他のスマホアプリとの境界線は曖昧になってきている。スマホ画面上では、どちらも1つのアプリにすぎない。だからこそ、サブスクリプションや課金といった新たなマネタイズのチャンネルを模索するメディアや企業にとって、FGOから学べることは多い。
原作者自らが「世界観」を監修。異色のメディアミックスはこうして生まれた
FGO PROJECTは、同人サークルから生まれた有限会社ノーツのゲームブランドTYPE-MOON(タイプムーン)と、アニメ・音楽を中心にエンタメコンテンツを手掛ける製作会社のアニプレックス、ゲーム制作会社のディライトワークスの3社によって運営されている。開発のきっかけについて、アニプレックスの金沢利幸さんはこう語る。
「もともとTYPE-MOONさんが手がける『Fate』シリーズのスマートフォン向けゲームを作ろうという企画を弊社プロデューサーの岩上(敦宏)がTYPE-MOONさんに提案したのがきっかけです。ただ弊社にはゲームを作る部門がなく、ノウハウも持っていなかったので、ディライトワークスの庄司(顕仁、ディライトワークス代表)さんに声をかけさせていただき、3社合同の一大プロジェクトとしてスタートました」(金沢さん)
「Fate」シリーズは、TYPE-MOONが2004年に発表したPCゲーム「Fate/stay night」を皮切りに、小説、アニメ、漫画などさまざまな作品が生まれている。TYPE-MOON所属のシナリオライター・奈須きのこ氏が生み出す独特の世界観とシナリオが人気で、それも単体の作品では回収しきることができないくらいの膨大な設定があり、「Fate」シリーズ以外のTYPE-MOONが手がける「月姫」や「空の境界」などともつながるシェアードユニバース(世界観の共有)の作品群となっている。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)、あるいは「スターウォーズ」や「ハリー・ポッター」シリーズを想像してもらえればわかりやすいかもしれない。
そんなFGOが他のメディアミックス作品と違う点を、ディライトワークスの石倉正啓さんに聞いてみた。
「原作者自らが作っているところでしょうね。まさに『Fate/stay night』から始まり、さまざまな作家さんが生み出した作品を奈須さんとキャラクターデザインの武内崇さんがコントロールし、このFGOで一同に会するプロジェクトになっています。それぞれの作品のキャラクターが奈須さんの全体監修の元、サーヴァントとして登場し、主人公(マスター)が使役していくというストーリーに魅力が詰まっていると思います」(石倉さん)
「Fate」シリーズにおける「サーヴァント」とは、主人公であるマスターが召喚する、人類史における英雄のこと。「Fate/stay night」で初登場したアーサー王をはじめとして、古今東西、さまざまな英雄がキャラクターとして登場するのが「Fate」シリーズの魅力の1つだ。