誰もやっていないことに挑むイノベーターたちの動機と熱意は、どのように育まれてきたのか。今回は、東京大学と同大学院で天文学を専攻し、ゴールドマン・サックス証券を経て、“人工流れ星”というエンターテインメントとサイエンスの領域で民間宇宙事業に取り組むALE(エール)を設立した岡島礼奈さんです。(聞き手/ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

浮いていた小中高時代
東大では落ちこぼれ

岡島礼奈

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──ご出身は鳥取県ですね。

 はい。両親は東京生まれ東京育ちですが、父が結婚後に肺の病気だと誤診を受け、空気のきれいな所に行こうと、父方の祖父の出身地である鳥取に移りました。

 家族は両親と2歳上の姉が1人。家族で、夏は海、冬はスキーと、大自然の中で遊んで育ちました。特に父がそういうことをするのが好きだったんです。

 父は専売公社に勤めていて、仕事は9時から5時まで。夕方6時半にはそろって夕食を取っていました。いい環境でしたが、今思うと、あんまり裕福ではありませんでした。家はめっちゃ狭かったですし、後々、大学に入って奨学金を申請するときに父の年収を知り、東大生の親の平均年収と比べて「うちの親は頑張ったんだな」と感じました。

 母は専業主婦ですが、その母に育てられたから今の私があるという感覚がとても強いです。祖母に聞いた話では、母はとても頭が良かったのだけど、女の子だからと高校までしか行けなかった。だから姉や私を自立させようと育てたんだと思います。

「自分のように」と育てる親もいると思いますが、母がそうじゃなかったことに感謝しています。