技術が日進月歩で進歩する現代は、SF作品が現実化しているようだ。この時代を先取りして見せたサイバーパンクSFの代表作に、アニメ映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(1995年公開)がある。元々は士郎正宗氏の漫画で、アニメ映画化によって世界のクリエイターとエンジニアに大きな影響をもたらした。今話題の中国SF『三体』を書いた劉慈欣氏も、自身が愛好するSF作品のひとつに「攻殻機動隊」を挙げている。SFの世界におけるひとつの発火点である押井氏に、SF的なインスピレーションの生み方を聞いた(このインタビューは、ダイヤモンド・オンラインの特集「ビジネスリーダーよ、SFを読め!」に連動しています)。(聞き手/ダイヤモンド編集部 杉本りうこ)
重要なのはAIじゃない
人間の能力の拡張だ
――「攻殻機動隊」が公開された当時の日本は、バブル崩壊後ではあったけれど、世界半導体ランキングには日本企業がずらりと並んで、しばらく後にはiモードも発表されて、テクノロジー大国のイメージをまだ保っていました。あの当時の日本の時代感と、「攻殻機動隊」は関係ありましたか。
ありました。僕が考えていたのはまさにその時代感だったのです。冷戦も終わって、20世紀の総括の時期にあったんですよ。20世紀って何かっていうと、イデオロギーですよね。世界はイデオロギーの実験場だったわけです。それが全部失敗した。もっとはっきり言えばマルキシズムや社会主義が失敗したのね。
その20世紀が終わったら、次は何が人間と社会を革新するのだろう。それはテクノロジーしかないと当時の私は思ったわけ。テクノロジーが肉体の次元でダイレクトに関わることで、人間を変えるんじゃないかと。
――当時、テクノロジーを最も身近に感じるものって何でしたか。
パソコン。当時はMS-DOS(マイクロソフト製の基本ソフト)だったかな。
使って初めて実感できたのは、コンピューターが外部記憶装置だということ。純粋な道具でもあるが、自分の記憶を外在化する外部記憶装置でもあり、ある種の能力の拡張ができる。しかもそれは自己完結的なものではなく、メンテナンスとバージョンアップを必要とする。
だからあの作品のテーマってサイボーグであり、AI(人工知能)じゃない。重要なのは、コンピューターが人格を持つAIじゃないんですよ。
――人間自身の拡張が重要である。
そう。AIはあくまで、人間の対立物なんですよ。AIは人間の延長線上で考えるものじゃなくポストヒューマン、人類のあとに来るもの。今でもそう思っています。
でもハリウッドの世界はロマンチシズムに支配されているので、AIや機械にも人間の情理を実現させたいと思っている。僕は全然そういうふうに思わない。そもそも僕だけじゃなく、日本人は人間を最上位に考えないからね。ゴースト(「攻殻機動隊」の用語で、心や自我、意識などを意味する概念)が宿るのは人間だけじゃない。人間にだって、器にだって、植物にだって、みんなゴーストはあるんだよ。
こういう思考の枠組みみたいなものは、作品を作るときに最初に考えるんです。そして思考の結論はただの「予感」や「妄想」でいい。そこから先は見た人間が考えればいい。
第一、結論を出しちゃったら映画はそこで終わるんだし。曖昧でいいんです。大事なのは、曖昧であってもそこにリアリティと説得力があること。だから攻殻機動隊では、機械と人間がケーブルで物理的に接続されるんです。こうやって首筋にがちゃんってケーブルをつなぐのは分かりやすいでしょ?