天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が6月4日に発刊される。

教育系YouTuberヨビノリたくみ氏から「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。連載のバックナンバーはこちらから。

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驚異のベストセラー『原論』

 古代ギリシャのユークリッドが著したとされる『原論』という本をご存じだろうか? 『原論』は紀元前3世紀頃に編さんされた最古の数学テキストであると同時に、少なくとも100年前までは、高校の教科書として世界中でそのまま使われていた、驚異の大ベストセラーである。聖書を除けば『原論』ほど世界に広く流布し、多く出版されたものは無いだろう。余談だが、15世紀にグーテンベルクによって活版印刷が発明された後、初の幾何学図版付きの本として出版されたのも、この『原論』だった。

 ではなぜ『原論』はここまで広く、読まれたのだろうか? それは、数学だけでなく、すべての分野に通じる論理的思考(logical thinking)の方法が書かれているからである。質においても量においても論理的思考の手本が『原論』ほど見事に示されている類書は、未だに類を見ない。

 これはつまり、論理力を磨くためには『原論』こそが最良であるということを意味する。実際、現代においても、特に欧米のエリートたちにとっては、『原論』の内容は欠くことのできない常識になっている。

 ピタゴラスやソクラテス(紀元前469~紀元前399)やプラトンらが活躍した古代ギリシャ文化の伝統を受け継ぐ欧米では、古くから論理的思考が尊ばれてきた。学校の授業の中でディベートを学ぶのもそのためである。西洋ではセンスやヒラメキよりも、まわりの人間を説得し、対立する相手の主張をも理解する力、すなわち論理力こそがリーダーに必要な資質だと考えられている。

 私は一時期、指揮者を目指してウィーンに留学していたことがある。そのとき――音楽という感性に重きを置く芸術の場であるのに――、ヨーロッパでは楽曲を演奏する際に「たまたま思いついたこと」は、それがどんなに斬新で魅力的であったとしても、日本ほどには持て囃されないことを肌で感じた。
それよりも、なぜそう演奏するのかをちゃんと言葉にできることが重要だった。オーケストラのリーダーたる指揮者を目指すのなら、論理力を欠くことは許されないのである。