天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が6月4日に発刊される。

教育系YouTuberヨビノリたくみ氏から「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。連載のバックナンバーはこちらから。

アインシュタインが「世界一の天才」と呼んだ男Photo: Adobe Stock

ブダペストの神童

 かのアルベルト・アインシュタイン(1879~1955)が「世界一の天才」と呼んだ人物を紹介しよう。その男の名は、ジョン・フォン・ノイマン(1903~1957)である。

 ノイマンは1903年にハンガリーのブダペストで生まれた(フォンは、貴族や準貴族の出であることを示す称号である)。父親は銀行家、母親は裕福なユダヤ系の家系だった。幼少の頃から、一度読んだだけの本を1語の狂いもなく暗誦して見せたり、父親と古代ギリシャ語で冗談を言い合ったりして驚異的な記憶力と語学能力を発揮したノイマンは、誰の目にも「神童」に映った。1921年にブダペスト大学に入学したノイマンは、同時にベルリン大学やスイス連邦工科大学にも在学し、数学の学位だけでなく、化学工学の学位も取得するという離れ業をやってのけている。

 1927年から3年間ベルリン大学の講師を務め、その間に代数学、集合論、量子力学などに関する論文で世界的な名声を得た。1930年には当時世界最高の研究機関だったアメリカのプリンストン大学に招かれ、3年後には同高等研究所の所員になっている。その頃のプリンストン高等研究所は、ナチスの台頭により迫害され亡命せざるをえなかったユダヤ系科学者を積極的に迎え入れていて、ノイマンとアインシュタインが出会ったのも同研究所だった。

 ノイマンは、当時黎明期にあったコンピュータとの計算勝負に勝ったり、知人の数学者が3ヵ月かけて得た結論を数分で導き出したり、とにかくその能力は驚異的であった。あまりに人間離れしていることから、ノイマンは本当は宇宙人であるが、人間というものをよく研究しているため、人間そっくりにふるまうことができるのだという話が伝えられていたほどである。一方で、自分の家の食器棚の位置は覚えられなかったそうで、興味のないものには極端なまでに無関心だった。

1926年のゲーム理論

 ノイマンの研究は本業の数学の他に、物理学・計算機科学・気象学・経済学・心理学・政治学などに大きな影響を与えた。そんなノイマンの数々の業績の中でも特筆されることが多いのは、1926年に提唱した「ゲーム理論」である。

 ゲーム理論とは「複数のプレイヤーが選択するそれぞれの戦略が、当事者や当事者の環境にどのように影響するかを分析する理論」のことを言う。平たく言えば、2人以上のプレイヤーが利害関係にあるとき、どのような結果が生じるかを示し、どのように意思決定するべきかを教えてくれる理論である。「プレイヤー」は国家の場合も、企業や組織の場合も、個人の場合もある。

 ゲーム理論は、最初の発表から随分あとの1944年に、ノイマンと経済学者のオスカー・モルゲンシュテルン(1902~1977)が著した『ゲームの理論と経済行動』という大書(邦訳は5分冊)によって初めて体系化された。この書物には「20世紀前半における最大の功績の1つ」「ケインズの一般理論以来、最も重要な経済学の業績」などの賛辞が寄せられ、当時大変な評判になった。

 ゲーム理論は、誕生からわずか100年足らずの歴史の浅い理論であるにもかかわらず、今日では経済学、経営学、政治学、社会学、情報科学、生物学、応用数学など非常に多くの分野で応用されている。