小池にとっては、選挙の公約ですら方便に過ぎない。都知事選で自らをジャンヌ・ダルクになぞらえた小池に人々は熱狂したが、公約のほとんどは履行されないまま今日に至っている。一時の熱狂とその後に味わう失望。これは民主党政権が誕生した時にも私たちが経験したことだ。

「目が笑っていない」
笑わない目の奥には何が?

 あの時、なぜ私たちはあれほどまでに熱狂したのだろうか?

 あの熱狂の根底にあったのは、政治家の人格や手腕への期待などではなく、「何かが変わるかもしれない」ことへの漠然とした希望ではなかったか。そう、確かに私たちは、何かが変わることを望んでいたのだ。

 私たちは変わることを、いまよりも未来が少しでもよくなることを望んでいる。にもかかわらず「ポスト安倍に相応しい人物がいない」などという論法が罷り通っているのは、考えてみれば不思議な話である。なぜなら、心底変わることを望んでいるのであれば、いつだって現状が変わる可能性があるほうに一票を投じるのが、論理的に考えて普通の行動だからだ。

 だがそのためには、私たちはもっと政治家について知らなければならない。このきわめて常識からかけ離れた人々の生態について学ばなければならない。ポピュリズムに席巻された時代だからこそ、本書のような優れた人物ノンフィクションが必要なのだ。かつて小池に近かった人物は、彼女についてこう語っている。

“「なんだか食うか食われるかという感覚で生きているように見えた。都会のジャングルを、ひとりでサバイバルしているような。無償の愛というものを知らない人なんじゃないか。親や兄弟にさえ気を許していなかったと思う。親友といえる人も見えてこないし、同志といえる人もいない。何より小池さん自身の心が見えない。だから感情が絡み合わない。人間関係が希薄で、しかも長続きしない理由はそこにあると思う」”

 小池は「目が笑っていない」とよく言われる。本書を読み終えたいま、あの笑わない目の奥には、底知れない虚無が広がっているような気がしてならない。

小池百合子の「学歴詐称の暴露本」といわれるベストセラーを読んでみた

(HONZ 首藤淳哉)