大統領執務室には、しばらくぶりにリラックスした空気が漂っていた。
「これであなたには借りが出来ましたな」
「いずれ十分に返していただきましょう」
アンダーソン大統領の言葉に、ビクター・ダラスは笑みを浮かべて応じた。
「しかし日本という国は実に分かりにくい。たしかに数字では測れない国だ。今回も我々が彼らを導いたというより、彼らによって導かれたというのが正解かも知れません」
ダラスは神妙な表情で言った。
「しかし、これがベストなシナリオではなかったのですか。日本は救われたし、アメリカ国債が売られることもなかった。中国も当分はおとなしくしているでしょう。それにまず、日本発の世界恐慌は回避されました」
ロバートは2人を見つめて言った。ここ数ヵ月、円の為替レートも日本国債の利率も安定している。
「きみの働きは称賛に値する。私が再選されれば、きみが政府の重要ポストに就くことは間違いないだろう」
「大いに期待しています」
大統領はロバートの率直な物言いに声を上げて笑った。
「中国は数兆円の損失を出した。やはり彼らは、まだ資本主義の怖さを知らないというところか。ところで、ユニバーサル・ファンドのジョン・ハンターはどうだね。彼の働きも見事だった。中国に働きかけ、バックにつけたのだから」
「彼は現在、ヨーロッパです。EUの経済状況がまたおかしくなりつつあります」
「彼らの損失分はアメリカ政府が補填しなければならないな。愛国心だけに甘えるわけにはいかない」
「ユニバーサル・ファンドは関連会社を多数持っています。今回の一連の動きの中で、数社は十分すぎる利益を出しています。いくつか情報を提供すれば十分かと」
ロバートの言葉に大統領は頷いている。
「情報は金に勝るか。使い方によってどうにでもなる。しかし東京の地震は避けることの出来ない自然現象だ。気の毒といえば気の毒だ」
「そのときには、我が国も最大限の援助の手を差し伸べなければなりません」
「前の震災のようにな」
ロバートは森嶋の言葉を思い出していた。
「孫悟空もいつまでも庇護者の手のひらを飛んでいるわけじゃない」
「落ちないようにしろよ」
ロバートは声に出さずに言った。
〈了〉
※本連載は今回で終了します。長い間のご愛読、どうも、ありがとうございました。