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会計不正が長く見過ごされていたケースが相次いで発覚し、関係した監査法人に批判が集中した。資本市場の信頼性を根底から揺るがしかねない事態に、金融庁をはじめとする関係当局は、不正リスクに着眼した監査の実施や監査プロセスの透明化など、監査品質の向上に乗り出した。しかし、より大きな視点で見れば、問われているのは企業の財務情報の信頼性と、それを前提とした資本市場そのものにほかならない。監査の厳格化が経営に及ぼす影響を考察する。

経営者との緊張感のある協力関係が
新時代を開く

編集部(以下青文字):会計監査は資本市場における重要なインフラです。
 しかしいま、監査の質が厳しく問われています。そもそも、どのような状態をもって監査の質が保たれているとするのでしょうか。

田中(以下略):資本市場に大きなインパクトを与えるおそれのある重大な虚偽表示が財務諸表にないことが担保されていることが、監査の品質が保たれた状態だと考えています。重要な監査領域における重大な不備、場合によっては、財務数値に影響を与えるおそれがあるような重大な不備はけっして発生させないことを担保することは、監査法人としての経営上の重要課題です。しかし、それは訴訟リスクを軽減するためでも、検査に対応するためでもありません。資本市場を支えるという監査法人に課された社会的使命を果たすために、絶対に欠かせないものだからです。

 水や電気のように、監査も社会インフラである以上、正常に機能するのが当たり前であり、注目を浴びること自体、社会の期待に十分に応えられていない表れだと言わざるをえません。

あずさ監査法人 監査プラクティス部長
田中弘隆 
HIROTAKA TANAKA

あずさ監査法人監査プラクティス部長。KPMGグローバルIFRSパネルメンバー。日米英等の海外で日本・米国公認会計士として経験を積んだのち、帰国。多くのIFRSコンバージョンサービスを提供し、IFRSへ移行する企業に対してアドバイスを行っている。現在、日本を代表する大手企業の監査責任者も担当しながら、IFRSでグローバルな貢献、監査の品質の責任者として監査品質のさらなる向上に取り組んでいる。

 こうした事態を受けて、監査法人のガバナンス・コードの導入や、KAM(Key Audit Matter:監査上の主要な検討事項)の記載による監査報告の透明化など、社会の信頼を回復するための取り組みが、業界を挙げて行われています。

 ただ、逆説的にはなりますが、私は、いまある疑義や批判を監査の価値を抜本的に高めるチャンスだともとらえています。たとえばKAMの導入により、監査報告書の利用者はどういうプロセスを経て監査意見が表明されたのか、これまで以上に関心を持つようになるでしょう。さらに、KAMの開示実績が一定期間蓄積されれば、その会社の財務諸表監査においてどんなリスクがあり、またどのような経緯で解消されたのか、あるいはそのままなのかといったこともたどれるようになると期待されます。

 これまで、監査法人は投資家の方々と直接コミュニケーションを取る機会がほとんどありませんでした。しかし、監査報告書の主たる利用者である投資家との対話を増やし、監査に対する理解を深めていただくことも、監査の価値を高めるためには必要でしょう。そこで、あずさ監査法人でも、投資家の方などと定期的に意見交換会を開催するようにしました。監査に対する信頼を高めるためには、このような地道な取り組みが欠かせません。

 企業経営者の側には不都合な情報は隠しておきたいという誘惑が働きます。また、企業が監査人を選定し、報酬を支払うという「インセンティブのねじれ」の問題もあります。監査する側の努力だけで監査の質を高めるのには、限界があるのではないでしょうか。

 監査人がいくら努力しても、それだけでは財務諸表や監査の品質向上を図ることに限度があるというのは、その通りだと思います。財務報告のサプライチェーンに連なる企業、監査人、さらにはそれを監督する当局が、それぞれの立場で十分な責任を果たさない限り、信頼性のある情報をマーケットに提供することはできません。なかでも、財務諸表の作成者である企業による監査の意義についての理解や監査人と適切な関係の構築は、非常に重要です。

 この点、「インセンティブのねじれ」はよく指摘されますが、経営者と監査人の関係は必ずしも完全に利益相反しているとはいえないのではないでしょうか。経営者にとって監査は、みずからの責任において作成した財務諸表の適正性について信頼性を高めるための仕組みです。もしも、一方的に監査人を敵視したり、監査人に対してできるだけ情報を隠そうとする経営者がいるとすれば、それはみずからが抱えるリスクを適切にイメージできていないせいで、監査人との間にきちんとしたコミュニケーションがない証拠です。

 経営者には企業を成長させていくためのストーリーがある一方で、ストーリーを実現させていく過程でのリスクがあります。監査人には、財務諸表の観点から見えてくるストーリーとリスクがあります。この2つのコミュニケーションを密にしてお互い理解することが、経営者にとってリスクマネジメントの最適化をもたらし、監査人にとっては監査の質の向上につながります。その結果、企業の持続的成長が実現されれば、投資家の利益にもかないます。

 こうした理解の上に立てば、経営者と監査人の密なコミュニケーションが必要なのは論を待ちません。信頼を基礎とする緊張感のある協力関係が、監査の新しい時代を開くことにつながると考えています。