
三田紀房の起業マンガ『マネーの拳』を題材に、ダイヤモンド・オンライン編集委員の岩本有平が起業や経営について解説する連載「マネーの拳で学ぶ起業経営リアル塾」。第1回は、作品内の大富豪が教える「商売で絶対失敗しない方法」を紹介する。
「100人やったら99人は失敗する」
『マネーの拳』は、小学館のビッグコミックスペリオールで2005年から2009年まで連載された。主人公である花岡拳は、4度の防衛を果たした元ボクシング世界王者で、引退後のチャレンジとして、地元の友人と起業するところからストーリーが始まる。
引退間もなく始めた居酒屋の経営に苦戦する花岡。だが、実業家の塚原為ノ介らとの出会いを経て、新たなビジネスを立ち上げる。上場やM&Aを通じて事業を拡大し、その先までを描いているのが本作品だ。
実はこの花岡、成功した実業家として、のちの三田紀房作品である『インベスターZ』の142話にも登場している。そこでの花岡は、グループ企業25社・総資産4000億円という、大成功をおさめた人物として描かれている。
しかし、第1話に出てくる花岡の状況は厳しい。物語は5度目の防衛戦で敗退した花岡が、ボクサーを引退するところからスタートするのだが、前述の通り、自ら立ち上げた居酒屋は閑古鳥が鳴いており、売り上げも未達という状況。にもかかわらず、焼き肉店の立ち上げも計画しており、同郷の友人でビジネスパートナーである「ノブ」こと木村ノブオにも難色を示されている。
経営の失敗を補うべく、タレント活動にも力を入れている花岡だが、テレビ番組で実業家の塚原と出会うところから運命の歯車が回り出す。塚原は花岡に「もうかる商売の三原則」を伝授し、さらに「ある条件を飲めば、1億円の事業資金を提供する」と花岡に提案するのだった。
成功者である塚原の言葉は、他の三田紀房作品と同様、芯を食っており、重い。
「商売を始める前に、商売で絶対に失敗しない方法はあります。それはね…商売をしないことだよ」
「商売というのはだね、100人やったら99人は失敗する」
「みんな、自分はうまくいくと思っているからです。そう思い込んだ時点で、客観性を失っている。自分を見失う、そこで勝負はついている。負けです」
――これらは、筆者が取材を続けてきたスタートアップ(急成長を目指す新興企業)の世界で言われてきた言葉でもある。
かつてスタートアップは「得体の知れない存在」だった

筆者はスタートアップやIT業界の専門メディアで長く記者・編集者を経験し、現在はダイヤモンド・オンラインの編集委員を務めている。
2022年に岸田政権が「スタートアップ育成5カ年計画」を打ち出すなど、世の中での認知も上がりつつあるスタートアップだが、筆者が取材を始めた2000年代後半頃は、今以上に「得体の知れない存在」だった。
1つ上の世代とも言えるソフトバンク、楽天、GMOインターネット、サイバーエージェントといった通信・ネット企業などは認知されていたものの、創業したばかりのスタートアップ企業や若い起業家らは見向きもされていなかった。
そんなスタートアップの生態系の中から、メルカリやビジョナル、マネーフォワード、freeeなどの企業が生まれ、上場して時価総額で数千億円規模にまでに成長し、今では文字どおり日本経済の一翼を担っている。
花岡もこうした急成長企業の1社を率いることになっていく存在……とお伝えすれば、今後の物語に期待が膨らむのではないだろうか。
投資をテーマにした『インベスターZ』や、受験を題材にした『ドラゴン桜2』と比べると、少しなじみが薄いかもしれないが、起業・経営の世界を描く『マネーの拳』は、ビジネスシーンで役に立つ話も少なくない。
筆者の周囲の起業家・経営者だけでなく、新興市場で働く人たちに愛読者が多いマンガでもある。これから筆者とともに、花岡の進む道を読み進めていこう。

