コーポレートガバナンスを向上させ、企業として成長し続けるうえで、社外取締役をはじめとする「外の目」が不可欠なことは論をまたない。では、会計監査をそうした「外の目」として重視している経営者がどれほどいるだろうか。

 法で定められているから監査を依頼しているが、監査人との対話はそれほど愉快なものではないし、監査結果の報告も細部への指摘が多く、インサイトに乏しい。そんなふうに感じている方も少なくないはずだ。

  しかし、そうした一面的なとらえ方は、みずからの貴重な時間と、けっして安くはない監査コストを浪費することにつながりかねない。

 複数の企業で社外取締役と社外監査役を経験している川本裕子氏は、監査人から得る情報は経営にとって貴重なものだと指摘する。監査の過程で得られた発見や情報は他からは得がたく、執行に対して本質を突いた「正しい質問」をするうえで欠かせないからだ。

 同じく経営者にとっても、高度な専門性と知見に裏付けられたプロフェッショナルとの対話は本来、正しい方向に会社を導くための気づきに満ちたものでなければならない。あずさ監査法人の金井沢治専務理事は、会計監査人は市場の番人であると同時に、羅針盤にもなりうると言う。両者の対話から、転換点を迎えた監査の未来を展望する。

なぜ監査報告は
経営者に刺さらないのか

早稲田大学大学院 教授 
川本 裕子 
YUKO KAWAMOTO
早稲田大学大学院経営管理研究科教授。東京銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社、パリ勤務等を経て現職。三菱UFJフィナンシャルグループ社外取締役、トムソンロイタートラスティ・ディレクターを兼務。これまで、金融審議会委員、金融庁顧問(金融タスクフォースメンバー)、総務庁参与、内閣府統計委員会委員、経済財政諮問会議専門委員、国家公安委員などの政府委員、取引所・銀行・保険・証券・製造業・IT企業・商社の社外取締役などの経験多数。

川本:冒頭から恐縮なのですが、これまで社外取締役と社外監査役を務めてきた立場から、会計監査報告に対する意見を言わせていただくと、「面白くない」というのが率直な印象です(笑)。

 難解な専門用語が並んでいて、「否定のまた否定」のような独特の「監査法人文学」とでもいうべき言い回しで説明していては、経営者の心にはなかなか刺さらないように思います。

 会計監査は第一義的には、投資家や債権者などの財務諸表利用者のためのものですが、作成者である企業にとっても来し方行く末を見定める海図のようなもので、経営にとってとても貴重な情報です。

  監査の過程で得られた情報や発見にも、経営にとって有用な示唆がたくさん含まれていて、そのような発見が監査役、そして経営者や取締役会などにきちんと届けば、監査報告の価値がより意識されるように思います。また、会計監査人の方々が、経営陣のボキャブラリーを共有されると、よりコミュニケーションがスムーズなのではないか、と思っているところです。

金井:その点については、私も強い問題意識を持っています。つまらない監査報告が多いとすれば、それはルールに則って間違いなく手続きを完了すること自体が目的化しているせいかもしれません。

 しかしそれでは、経営者・監査役・監査人等の間のリスク認識の共有や、コーポレートガバナンスの強化といった、会計監査に本来期待される効果が得られなくなるおそれがある。監査報告書の文体や語彙もそうですが、監査そのものをより創造的なものに変えていく必要があると考えています。

あずさ監査法人 専務理事/パートナー 
金井 沢治 
TAKUJI KANAI
あずさ監査法人 専務理事(品質管理統轄)。KPMGアジアパシフィックおよびジャパンHead of Audit。日米両国で公認会計士としての経験を積んだのち、スタンフォード・ビジネススクールで経営学修士(MBA)を取得。日本を代表するグローバル企業のリードパートナーを歴任し、グローバル企業が直面する課題解決に積極的に取り組む。現在は、あずさ監査法人、KPMGのアジア地区における監査の最高責任者の立場から、監査品質向上、監査体制の見直し、監査人の働き方改革を推進している。

川本:監査と創造性というのは、意外な組み合わせですね。

金井:単に決められたことを正確にこなして満足するのではなく、そこに思考プロセスがあり、監査結果報告にも自分なりのメッセージが込められている。それが私の考える創造性のある監査です。

川本:もしそういう監査が本当に行われて、監査役や取締役会でもきちんと報告がなされれば、社外の取締役や監査役にとっても非常に有益です。

 社外の役員がみずからの責任、つまり企業の戦略的方向性は間違っていないか、説明責任は果たしているか、といったことをチェックする役目を果たすためには、判断のもととなる十分な情報が必要なので、有用な情報はできるだけ多いほうがいい。多様なバックグラウンドと経験を持ち、視点も異なる社外役員に、有力なツールを提供する、ということです。