国際協調から自国ファーストへ
厳しさを増す税務当局の姿勢
各国の税務当局の姿勢は、変わりつつあるのでしょうか。
角田:かつては、「国際協調のために、ある程度税収が犠牲になっても国際的整合性を優先する」という考え方が一定の力を持っていたように思いますが、最近は逆方向の流れが強まっています。極端に言えば、「自国ファースト」が目立つようになりました。たとえば、デジタルサービスに対して課税するデジタルタックスです。アメリカの巨大IT企業への課税を狙って、イギリスがその導入を予定しています。また、EUでもデジタルタックスを検討する動きがあります。こうした一方的な課税により、各国が税源を争奪する場面が増加してくるものと思われます。
神津:デジタルタックスについてはヨーロッパが前向きですが、米中は反対の姿勢です。両国にはすでにデジタル分野の世界的企業が育っており、その発展を阻害したくないということでしょう。欧米中ともに、自国優先という点では同じです。このような傾向は大国だけでなく、世界各国で見られます。
最近、東南アジアに進出した日本企業から、税務に関する相談を受けました。現地法人には日本本社から幹部が派遣されています。その幹部は本社との雇用関係があるので、税務当局から「こちらで本社の仕事もしているのではないか」と指摘されたそうです。その場合、税務上は支店のような扱いになり、現地での課税額が増えます。恒久的施設(PE:Permanent Establishment)という税務上の考え方ですが、多くの国でその適用範囲を広げようという動きがあります。
角田:税務当局の姿勢が厳しくなる中で、深刻度を増しているのが二重課税の問題です。各国の税務当局は確実に税収を確保するため、できるだけ早い段階で課税しようとします。その結果、二重課税が発生します。国際協調重視の時代には当局間での相互協議がそれなりに機能していたので、二重課税された企業は後でいずれかの政府から還付を受けることができました。最近では、課税権の主張が二重課税の排除に優先して、事後の調整が困難となる事例が発生しています。特に、中国との相互協議では、二重課税が完全に解決することのほうが稀な状況にあるようです。
日本企業と欧米企業の税務に対する取り組みの違いは、どこにあるのでしょうか。
神津:まず、マインドの違いがあります。欧米のグローバル企業は以前からタックスプランニングに注力し、事業全体を俯瞰して最適化を進めてきました。グローバル企業は多くの税務エキスパートを擁して工夫を重ねています。ただし、最近はこれまでの“行きすぎ”を改めようとする動きもあります。これに対して、日本企業は「納税は社会への貢献」という意識が強いためか、一般的にタックスプランニングにあまり関心を払ってきませんでした。行きすぎをうんぬんする以前の状態です。
角田:IT活用の観点も重要です。世界の税務当局はITを積極的に導入し、漏れのない課税に向けた体制整備を進めてきました。グローバルで活動する企業に対して適切に課税するため、OECDの主導で、当局間で情報共有する仕組みづくりなども行われています。欧米のグローバル企業は以前から税務ガバナンスにITの仕組みを活用してきたので、こうした動きに素早く対応しています。日本企業の多くは税務に関するIT活用が遅れ気味で、税務当局から何らかの指摘を受けた時、客観的なデータに基づく説明ができるかというと、非常に心もとないのが現状でしょう。
税務に対する日本企業の姿勢に変化は見られますか。
角田:徐々に変わりつつあると思います。背景には、ROEへの意識の高まりがあるかもしれません。ROEは、当期純利益÷自己資本です。当期純利益は、税引後の利益であり、税コストの多寡が重要になります。ROEを高めるため、タックスプランニングに注目が集まるのは当然でしょう。
もう一つの背景としては、グローバル競争の激化があります。海外企業と同じ土俵で競争するためには、日本企業も税務の最適化に取り組まざるをえません。そうでなければ、十分なR&D費さえ捻出できません。