トランプ政権下のアメリカに端を発した自国第一主義や保護貿易主義の台頭、米中貿易摩擦に代表される大国間の覇権争い、Brexitといった既存の政治的枠組みの見直しなど、歴史的な変革期に見られる混乱が世界経済を襲っている。地政学的リスクの高まりを受け、企業は持続可能なビジネスのあり方を模索しているが、忘れてはならないのが税務マネジメントである。国際税務や関税などの税制が変化する中で、企業価値の源泉たる利益の最大化には税務の最適化が不可欠だ。

米中貿易摩擦で迫られる
サプライチェーンの最適化

編集部(以下青文字):ある地域の政治的・社会的な不安定が世界の経済を揺さぶる。最近、そんな地政学的リスクが増しています。アメリカにおける保護主義の高まりと米中貿易摩擦、あるいはBrexitなどの動きが、日本企業にも大きな影響を及ぼしています。

左│角田伸広 右│神津隆幸
KPMG税理士法人 国際事業アドバイザリー 移転価格グループ  パートナー 税理士 法学博士 経営法博士
角田 伸広 NOBUHIRO TSUNODA
国税庁で国際業務課長、相互協議室長、東京国税局および大阪国税局で課税第一部長、調査第一部長、国際情報課長等を歴任し、二重課税回避、移転価格調査および事前確認等に従事。OECDおよびUN(国際連合)においてOECDモデル条約、移転価格ガイドライン、BEPS(税源浸食と利益移転)作業計画、UNモデル条約、移転価格マニュアル等の策定等に参画。2013年10月より現職。
KPMG税理士法人 インターナショナル コーポレート タックス  パートナー 税理士 米国公認会計士
神津 隆幸 TAKAYUKI KOZU
KPMGピートマーウィック(現KPMG税理士法人)入所。KPMGミラノ事務所、ハンブルク大学国際税務修士課程の非常勤講師を経て、2010年より現職。KPMGジャパン国際税務サービスのカントリーリーダーを兼ねる。多国籍企業のバリューチェーン設計における税務最適化へのアドバイスを提供。

神津:増大する地政学的リスクの中でも、各国の関税など税制の変化は、企業の業績に大きな影響を及ぼします。しかし、従来多くの日本企業は、戦略としての税務にあまり関心を寄せていませんでした。世界的に国際税務や関税ルールの枠組みが大きく変化する中、各国においても国際ルールを独自に解釈する動きや自国に有利な法改正が行われるなど、さながら国家間における税収争奪戦の様相も呈してきており、徴税強化の動きが顕著になりつつある現在の状況において、今後は、日本企業の税務戦略に対する姿勢も変わらざるをえないと思います。

角田:日本企業への影響について、アメリカの関税引き上げを例に説明しましょう。日本のグローバル企業A社が、中国法人(生産拠点)からアメリカ法人(販売拠点)にモノを輸出するような場合です。関税分を消費者へ転嫁し、アメリカ法人の販売価格を1万円から1万2000円へ引き上げたとすると、競合相手が関税の影響を受けていなければ、売れ行きは鈍ります。そのため、アメリカ法人は関税分を消費者へ転嫁できず、赤字覚悟で1万円の価格を維持しようとするかもしれません。その結果、アメリカ法人の業績は低下し、赤字決算を余儀なくされるかもしれません。結果として、A社は関税分の負担を消費者への転嫁でなく、利益を取り崩すことにより負担する結果となる可能性があります。

 税務当局からすると、関税の増収分を法人税減収で取り返されることになりますね。

角田:移転価格税制の観点からは、米国当局は利益の取り崩しを認めず、関税分に加え、法人税分もアメリカで求められることになります。おそらく、A社のアメリカ法人は一定の課税所得レベルを維持することを求められるでしょう。そのためには、今度は輸入価格を下げる必要が出てくるので、関税の転嫁は前方の消費者でなく、後方の中国の輸出者に転嫁されることになります。これにより、今度は中国法人が赤字(課税所得の減少)になるかもしれません。一方、中国の税務当局も同様に、中国法人からの税収減を嫌います。そこで、中国法人の業績を上げさせるための圧力をかける可能性があります。たとえば、日本の本社に支払うライセンス料の値下げ、日本から輸入するコア部品の値下げなどは、中国法人の業績維持につながります。さまざまな手法を駆使しながら、当局は税収を確保しようとします。最終的に、アメリカの関税分について、中国経由で日本の親会社が負担することになるおそれがあるわけです。

神津:「アメリカの追加関税分は最終的にはアメリカの消費者が負担する」という見方もあります。しかし、関税をそのまま販売価格に転嫁するようなことは、現実にはなかなか起こりにくいでしょう。多くの場合、おそらくは、サプライチェーンのどこかで追加関税コストを吸収せざるをえないと思われます。
 米中間の貿易摩擦の背景に両国の覇権争いがあるとすれば、この摩擦は長期化するかもしれません。さまざまなシナリオを想定しながら、グローバル企業は拠点の再配置を含めてサプライチェーンの最適化を検討しているはずです。ただしそれは、税務への影響を視野に入れたうえでの最適化であるべきです。