2つ目は、「子会社のリスク分析」です。グループ子会社の財務データを横串で分析することで他社とは異なる特徴を持つ子会社を特定したり、経験豊富な会計士によって立てられたシナリオ(どのような不正が起きるとどのような兆候が表れるか)に基づいて過去の実績データや外部データを統計的手法によって分析し、リスクをスコア化します。
同様の手法はこれまでも用いられてきましたが、デジタルテクノロジーを活用することで、これまで不可能だったすべての子会社を対象にした全量分析が可能になり、海外子会社などの物理的にも目の届きにくい子会社に対する牽制機能が期待されます。
そして3つ目が、「ミクロレベルでの仕訳分析とプロセスマイニング」です。取引や仕訳、業務プロセスなどのデータを可視化して統計的手法によって分析することで、異常な取引や、不審な業務プロセスを検知することができます。
なかでも業務プロセスを可視化するプロセスマイニングは、数値データからリスクにアプローチする他の手法とは異なり、業務プロセスの観点からリスクの所在を示すのが特徴です。たとえば販売プロセスで直属の上位者から受注の承認を得る際に、通常の承認ルートをたびたび回避している社員がいれば、何か問題がありそうだと一目でわかります。
AIと会計士の力を
融合させる
アカデミア、ITベンダー、データ分析を専門とする会社なども、AIによる不正リスク検知モデルを開発しています。監査法人が提供する意義や強みはどこにありますか。
宇宿:それは、不正を検知したり、リスクをスコア化して終わりではないという点です。なぜリスクが高いと評価されたのか、どのような不正リスクが高いのかを明らかにすることで、本当に不正が発生しているかどうかを詳しく調べるための次のアクションにつなげます。
また、最終的に不正があったかどうかを見極めて対応を取るうえでも高度な判断が必要で、そのためにはAIと専門家である会計士のシームレスな連携が欠かせません。監査法人である我々が開発する意義は、そこにあります。
坂寄:手作業を前提にした従来の監査では、リソースの限界もあり、母集団から一部の項目を抽出して監査を行う「試査」の手法が取られていましたが、どうしても見ることができない部分が残り、往々にして、そうしたところで不正が発生していました。
しかし、社会のデジタル化と技術の進化によって、これまで見えなかったものが見えるようになり、すべての会計処理をチェックする「精査的」アプローチが技術的に十分可能になったのです。不正行為は属人的なものであり、時代や環境が変わっても内部統制の仕組みをかいくぐって行われるという意味では、その内容に大きな変化は見られません。一方で、不正検知の手法やツールは日々進化している。つまり、不正対応は解決可能な課題になったわけです。
ただし、誤解していただきたくないのは、AIも機械学習も我々にとってはあくまでもツールにすぎないということです。AIが異常な点を網羅的かつ客観的にあぶり出しても、なぜそうした異常が起きているかを見極める会計士の存在なしでは、不正検知にはつながらないからです。
AIの能力が人間を超えるシンギュラリティをいち早く予見したレイ・カーツワイル博士が「AIは人類の知性を拡張するツールだ」と述べていますが、不正対応においては、このツールを存分に使いこなして社会的な価値に結び付ける主体は会計士であり、監査法人です。技術面にどうしても関心が集まりがちですが、デジタル監査の真価は、ツールであるAIと会計プロフェッショナルの力が「融合」することで最大化されます。