ニデックにキーエンス…勝ち組企業が採用しないのに、巷で「イノベーションを生む」と崇められる経営理論とは?Photo:Bloomberg/gettyimages

京都先端科学大学教授/一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が、このたび『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。日本企業が自社の強みを「再編集」し、22世紀まで必要とされる企業に「進化」する方法を説いた渾身の書である。本連載では、その内容を一部抜粋・編集してお届けする。今回は、イノベーション創出を目的とした経営理論として知られる「両利きの経営」について独自の視点で論評する。「既存事業の深化」「新規事業の探索」の両立を重視する経営理論だが、名和教授は「器用貧乏に陥るだけだ」と厳しい評価を下す。その真意とは――。

日本人が崇める「両利きの経営」は
アメリカでは見向きもされていない!?

 わき目もふらずに、一つのことをとことん深めていく。するとそこに、新たな世界が開けてくる。「深」化が「新」化につながるのだ。この一見、パラドキシカルな「壁抜け」こそが、持続的なイノベーションの妙味である。

 このような形で進化し続けている企業群を、拙著『超進化経営』(日本経済新聞出版)の中では「深耕(カルト)」型と呼ぶ。そして超進化を続けるトップ50社中の半分以上が、この型であることを論じている。

 日本ではいまだに「両利きの経営」が、まことしやかに崇められている。既存の事業は深掘りし、一方で新しい事業を探索するという手法だ。

 しかし、それでは新規事業が大きくスケールするわけがなく、肝心の既存事業はますます先細っていく。本場のアメリカでは、いまでは見向きもされていない。そもそも投資家の目線にまったく合っていないからだ。

 ウォーレン・バフェットに代表されるバリュー投資家(企業本来の価値に対して割安な対象を購入する投資家)は、既存の事業の強みを徹底的に究める企業にしか興味がない。既存企業の「探索」活動は、価値破壊(バリュー・ディストラクション)と見なされる。資産の無駄遣い以外の何物でもないからだ。

 一方、ピーター・ティールに代表されるグロース投資家(企業の利益成長を重視する投資家)は、新規事業にしか興味がない。ただし、投資先は必死でスケールアップとスピードアップを図っているスタートアップに限る。既存事業にあぐらをかく大企業の「探索ごっこ」は、大化けする可能性が極めて低いからだ。

ニデックにキーエンス…勝ち組企業が採用しないのに、巷で「イノベーションを生む」と崇められる経営理論とは?PHOTO (C) MOTOKAZU SATO
京都先端科学大学 教授|一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司 氏

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授。ファーストリテイリング、味の素、デンソー、SOMPOホールディングスなどの社外取締役、および朝日新聞社の社外監査役を歴任。企業および経営者のシニアアドバイザーも務める。 2025年2月に『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。

 それにもかかわらず、なぜ日本ではいまだに新規事業探索病がはびこっているのか。資本市場がまだ十分に機能していないことも一因だろう。しかしそれ以上に、経営者にとってこれほど楽な話はないからだ。既存事業はただ深掘りを続け、それとは別に新規事業を片手間で探索する。一見、まったくリスクがなさそうに思える。経営は大きな決断を迫られずにすむ。

 しかし、リスクのないところにはリターンはない。100年前にイノベーションを唱えたシュンペーターは、「創造的破壊」こそがカギだと看破した。既存のものを破壊し、そこから新しい価値を創造していくことによって、イノベーションがたゆみなく生み出されていくと唱えたのである。ただし「破壊」は一見勇ましいが、リスクが高すぎる。芥川龍之介の言うように、「造り変える力」こそが日本流の真髄である(注)。そしてそれが、深化を新化に反転させる力でもある。

注:「我々の力と云うのは、 破壊する力ではありません。造り変える力なのです」(芥川龍之介『神神の微笑』より)

「造り変える力」の体現者が、ニデック(旧日本電産)を創業した永守重信氏だ。筆者が教鞭を執っている京都先端科学大学の創始者でもある。ニデックは2023年、創業50周年を迎えた。売上高は2兆円を突破。これまでに国内外合わせて70社以上を買収し、すべてを成功させるという神業的な実績を誇る。