そこで編集長に言いました。「やはりここは慎重にいくべきです。男が警察に行って何も出てこなかったら、誤報になります。警察の結論を待ちましょう」と。編集長は、「いや、そこは……」と抵抗し、相当やりとりしましたが、最後には納得してくれました。

 本人は腰痛を理由に、何時間もの長い取り調べには耐えられないという医師の診断書を要求し、実際に神奈川県警に出頭しました。が、逮捕という展開にはならず、毎日取り調べから帰ってきます。ある日、逆に男を神奈川県警に連れて行った編集部員が呼び出されました。

 県警は「自白はしているが、どうしても裏がとれない。文春は何か隠し玉を持っていて、県警が無罪放免にした途端、『県警は真犯人を取り逃がした』といった記事を書くのでは?」と疑っているというのです。しかも、その話を取調室で話したというから腹が立ちました。

大誤報をギリギリで回避
インテリはヤクザがわかっていない?

 結局、我々も真相をつかめず、彼と別れました。いったい、彼は何だったのか――。

 随分経って、男は色々なマスコミに「真犯人」と称して売り込んでいたことがわかりました。その過程で、メディアしか知らない事実を知って証言を補強していたのでしょう。それにしても、彼の動機がわかりません。が、ある知人のヤクザはこう話してくれました。

「あんたらインテリは、ヤクザがわかっていない。食い詰めた老人ヤクザは、その日暮らし。毎日マスコミが宿とメシをくれるだけで、十分なんだよ」

 見事に騙されたわけです。

 一番申し訳ないのは、新婚旅行をふいにした島田夫婦、そして冬休みを台無しにした若い記者たち。大誤報はギリギリで回避しました。しかし、「これは!」と思う話は徹底的に取材する、その魂は文春本来のものだったと、今も思います。