スケールとスピードが足りないことによる弊害は、具体的にどのように表れてくるものですか。

デジタル・トランスフォーメーション 成功の核心
 

名和:製造業の場合、資産と売上高を比べれば、すぐわかります。日本企業は残念ながら、無形資産をうまく利活用できていない。これは、知識資本主義の時代では致命的です。

 一概に単純比較できませんが、グーグルでは、「10x」(テンエックス)、つまり現在の事業規模の10倍化を目指す。そのために彼らは、自社の無形資産をテコに、他社の無形資産を徹底的に活用して収益を稼いでいるのです。

 この10という数字には、10倍という意味だけでなく、「10年かけて従来の延長上にはないムーンショット(壮大な挑戦)を狙う」という意味も託されています。かつてのグーグルは、“Let a thousand flowers bloom”(百花斉放・百家争鳴)と、「みんなでアイデアをどんどん出していれば、どれか花開くだろう」といった感じでしたが、いまでは「何をやってもかまわないが、とにかくムーンショットを狙え」という姿勢です。

 ただし、ムーンショットへと駆り立てるには、失敗してもおとがめなしという「心理的安全性」(psychological safety)が保証されていなければいけません。日本企業のように、一度でも失敗するとキャリアに傷がついてしまうようでは、誰もムーンショットなどやろうとしないでしょう。

“digitization”と“digitalization”は別物、
というクリティカルな認識

 お話を伺っていると、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のような取り組みは“X”の効果が小さいように思われます。

デジタル・トランスフォーメーション 成功の核心
 

宮丸:小さく始めて大きく広げていくという新規プロジェクトの基本から考えれば、DXへ踏み出す第一歩としてRPAという選択肢はけっして悪くありません。ただし、かつてのBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が典型ですが、名和先生が言われたように、スケールとスピードが十分でないと、抜本的な変革には至りません。

 私は、“digitization”と“digitalization”は似て非なるものだと申し上げています。辞書では同じ「デジタル化」ですが、前者はアナログをデジタルに置き換えるという意味であり、後者はそうしたデジタル化されたものを利用してシステムを抜本的に改革したり、新しいビジネスモデルを創造したりすることです。

 RPAは、ともすると“digitization”で終わってしまう可能性があります。“digitalization”へと発展させるには、やはり自社の未来像という変革の青写真が不可欠なのです。

名和:IT化の時もそうでしたが、日本企業のデジタル化は、効率化や暗黙知の形式化にとどまる傾向が強い。つまり、宮丸さんの言う“digitization”です。そうではなくて、組織の知識創造活動を「ソフトウェア化」――アルゴリズム化と言い換えてもいいでしょう――する必要があります。

 これからの時代を見据えるならば、自社内の知識だけでなく、社外の異質な知識をも取り込み、オーケストレーション(システム全体の自動制御)する、といったビッグピクチャーがほしい。

 それが“digitalization”ですね。では、“digitization”に留まることなく“digitalization”へとステージを引き上げるためにアドバイスをください。

名和:日本でも、人材のダイバーシティ(多様性)が一般化しつつありますが、単純に多種多様な人たちを組織に抱えるだけでは、その人たちにとっても、組織にとっても不幸です。やはり、ダイバーシティを活かすためのアルゴリズムをつくる必要があるのです。

 同様に、DXにも、こうした多種多様な人々の知のみならず、組織固有の知を集めて活用するためのアルゴリズムが不可欠です。GAFAをはじめ、欧米のDXベストプラクティス企業が「10x」を実現できているのは、知識創造プロセスをアルゴリズム化しているからにほかなりません。私の古巣であるマッキンゼー・アンド・カンパニーは、デジタル技術が普及していない時代から、そういう仕組みが確立していました。

 日本企業は、現場にユニークな知識資産が豊富にあるのですが、こうしたアルゴリズムがないため、偏在化し再現不可能のままです。何とももったいない。

宮丸:いま名和先生がおっしゃったことは、単なるシステムの話ではなくて、戦略そのもの、つまり他社との差別化であり、自社を独自の存在にするための取り組みなのです。加えて、社外の人たちとの共創を促進するという意味でも、社内の多様な「知」を外部との協働のために活用可能な状態、再現可能な状態にすることが、現代の競争優位を獲得するうえで必要不可欠なのです。このことを理解されているトップがいる組織では、当然、DXの進み方も違います。