両利きの経営:
既存事業を深耕しつつ、既存事業を破壊する新規事業を開発する
宮丸:いまの場所から新しい場所へと移動しなければいけない時、戦略やビジネスモデルよりも、何か面白そうだ、チャレンジしてみたくなる、そうして人が集まってくる、そういうことが何より重要です。
たしかに、先達が守ってきた、もしかしたら将来性に乏しい事業を引き続き守れと言われるよりも、新しいビジネスモデルを開発する、21世紀にふさわしい会社へ変革する、といった手応えのある仕事をやりたいはずですね。
宮丸:コアコンピタンスやケイパビリティなど、自社の強みは何なのかを見極めることは大切ですが、未来像を構想する時、ここを起点にしてしまうと、現在の延長線上の姿しか描けません。言うは易しですが、こうした線形ではなく、非線形に考えることがいま求められています。それは、スタートアップ企業を立ち上げる時のマインドセットと変わらないはずです。
大企業がいま戦っている相手は、既存のライバルだけでなく、従来とは異なる価値観や行動様式を持ったスタートアップたちです。しかも、戦う一方で、彼らスタートアップの人たちと共創していかなければならない。
名和:その際、「アウェイをアウェイのまま取り込む」、つまり自分たちの言いなりにするのではなく、彼らの価値観や個性を尊重して協働していく必要があります。
そういえば、インターネットの黎明期、「コーペティション」(競争と共創)という考え方が提唱されました。また、“ambidexterity”(双面性、両利き)という概念がマネジメントで使われ始めたのはずいぶん前のことですが、破壊的な新規事業の開発と既存事業の深化を同時実現させる「両利きの経営」(ambidexterity strategy)が、ここ数年、日本で注目されています。
名和:実は、スタートアップが典型ですが、ゼロから始める第1の創業は、そもそも失うものがありませんから、とにかく猪突猛進に取り組めばいい。しかし、第2の創業はそうはいきません。何しろ、これまで会社の屋台骨を支え、いまなお収益を生み出し続けている既存事業の存在があり、しかしながらそれを破壊しかねない新規事業を開発しなければならないわけです。
多くの場合、最初は出島で取り組むことになるでしょう。繰り返しになりますが、出島で終わらせてしまっては本末転倒です。出島からはばたけられるか。ここが両利きの経営の試金石です。
オープンイノベーションを通じて新規事業の開発に取り組む企業が増えています。
名和:大企業同士が集まったオープンイノベーションから何か新しいものが生まれてくる確率は、経験的にそれほど高くありません。やはりスタートアップ企業との共創を模索してみるべきです。彼らから見れば、大企業には魅力的な資産がたくさんあります。それらは、大企業の視点では気づかない未活用資産であることも少なくありません。
ウォルマートは、eコマースサイト「Jet」を運営するジェット・ドットコムを買収し、その共同創業者でCEOのマーク・ローイをウォルマートeコマースの社長に据えました。このようなやり方でDXを進める手もあるわけです。
宮丸:ただしその際、デジタルが弱いからスタートアップを取り込む、という考えでは必ず失敗します。
我々はあるグローバルベンチャーキャピタルと一緒に、大企業とスタートアップが協業する「場」の構築を進めているのですが、その経験から申し上げると、特に日本の大企業は、こうした「場」に自分たちがほしいものを探しに来るという姿勢が目立ちます。スタートアップとの共創では、まず、自分たちが解決したいこと、やりたいことを伝え、それを実現する「場」にスタートアップ企業を呼び込む力が求められます。言い方を変えれば、ここでもパーパスを持っているかどうかが問われるのだと思います。
小さく始めて大きく広げていく、今日のお話で言えば、出島の取り組みを本土で本格的に展開するのは、なかなか一筋縄ではいかないようです。
宮丸:SAPの「S/4HANA」という事業は、ドイツ本社から離れたアメリカの出島で展開されていたものですが、この新しいプラットフォームがいまやSAPの主力になりつつあり、既存のコア事業との関係性が逆転しようとしています。
名和:私が注目しているのは、パナソニックがシリコンバレーに設立した出島、「Panasonicβ(ベータ)」と、ホンダが同じくシリコンバレーと赤坂につくった新領域開発を担う「R&DセンターX」です。彼らのミッションは、まだ実験段階とはいえ、出島で生まれた新しいアイデアや取り組みを、本土の製品やサービスに実装させることです。
私は「ポック(poc: proof of concept)病」と呼んでいるのですが、シリコンバレーのスタートアップ企業でも、コンセプトの検証ばかり熱心で、実装に結び付かないところがけっこうあるのです。大企業の出島の場合、推して知るべしです。
しかし、パナソニックやホンダをはじめ、日本のものづくり企業には、こうした「実装力」が本来備わっています。この組織能力を覚醒させ、いま一度活用することが、日本のDXにおける一つの道ではないでしょうか。
いま野心的なパーパスを掲げて、本気にDXに踏み出せるかどうか、まさしく正念場です。それは、未来への決断であり、未来への投資なのです。
- ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集長) ●まとめ|奥田由意 ●撮影|朝倉祐三子