日本人の命より、米テレビ局との契約の方が重い

 つい先ごろ、東京2020組織委員会の森喜朗会長が「IOCの意向で、開会式の簡素化はできないことになった」と発言し、波紋を呼んだ。

「アメリカのテレビ局が放送時間枠をすでに用意している。オリンピックの最大のスポンサーであるアメリカのテレビ局の意向にIOCは背くことができない」

 森会長はこう説明した。これまで「オリンピック最大のスポンサーはアメリカのテレビ局だ」とテレビのワイドショーなどで繰り返し刷り込まれている国民は自動的に、「それじゃあ仕方がない」という気持ちにさせられていないだろうか。

 ちょっと待ってほしい。IOCの意向、そして森会長の発言は、言い換えれば、

「アメリアのテレビ局と日本国民の命をてんびんにかけたら、テレビ局の方が重い」

 と言っているのに等しい。

 東京2020の簡素化は、危険な状況下でもなんとか東京オリンピックを実現したいと願う場合の「必要最低限な施策」だ。それに「NO!」を言うのは、日本人の健康を軽視しているという意味になる。

 もしIOCがそのような姿勢なら、日本の総理大臣、東京都知事、組織委員会会長は憤慨し、一も二もなく「東京ではやれない」「国民を危険にさらせない!」と、オリンピックの返上を通告するのがリーダーとして当たり前の感覚ではないだろうか。

 危険にさらされ、アメリカのテレビ局のビジネスに加担する必要など、このコロナ禍の状況で認められるはずがない。国民の命を人質にしてまで、オリンピックを強行する意義とは何だろう?