安倍首相の史上最長任期は
「史上最も軽い神輿」だったから

「担ぐ神輿(みこし)は軽い方がいい」は、日本社会のセオリーとされる。親分は軽い人物の方が、部下は担ぎやすくて動かしやすい。逆に親分が賢くてしっかりした重厚感のある人物だと、部下は担ぐのが大変で面倒だという意味だ。

 諸説あるが、一般的には小沢一郎氏の言葉とされる。1990年代以降、その小沢氏らが中心となって取り組んだ「政治改革」で、英国型議会制民主主義「交代可能な独裁」が導入された。その完成形が「首相官邸主導体制」による「安倍一強」体制である(第136回・P2)。

 つまり、安倍首相は小沢氏らが望んだ「理想的首相」であり、「史上最も軽い神輿」だったから最も長い間担ぐことができたとみることができる。ここに、安倍政権、そして日本政治の本質的な問題がある。

第2次安倍政権が最優先した
「高支持率の維持」

 2012年12月に首相の座に返り咲いたとき、安倍首相らが第1次政権時の失敗の反省として、最優先事項としたのが「支持率を高く維持する」ことだった(第101回)。彼らの目には、「失われた20年」と呼ばれたデフレとの戦いに疲弊し切って「とにかく景気回復」を望んでいる国民の姿が映っていた。

 そして、高い内閣支持率を得るには、とにかく国民をこの疲弊から解放することだと考えた。経済さえうまく運営すれば、憲法や安全保障で保守的な政策を打ち出しても、今すぐ戦争が起こるという実感のない「平和ボケ」の国民は、問題視せずに通すと考えたのだ。

 そこで打ち出されたのが「アベノミクス」だった。「第1の矢(金融緩和)」「第2の矢(財政政策=公共事業)」は、資金供給量の劇的拡大で円安・株高を起こし、業績悪化に苦しむ輸出産業の業績改善を狙うものだった。アベノミクスの狙いは当たり、国民の高い支持を得た。

 しかし、この政策は斜陽産業を延命させるものにもなった。「カネが切れたら、またカネがいる」の繰り返しとなり、景気後退局面に入りそうになると、それを防ぐためのより一層の金融緩和や補正予算を打ち出すことが、ちゅうちょなく繰り返されることになった(第163回)。