スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位となった。世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいる。
そのトップが日本人だということをご存じだろうか。オンライン教育の世界的リーダーでもある星友啓校長だ。全米トップ校の白熱授業を再現。予測不可能な時代に、シリコンバレーの中心でエリートたちが密かに学ぶ最高の生存戦略を初公開した、星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』が発売たちまち2万部重版と話題になっている。星校長は東大→スタンフォードとエリート街道まっしぐらと思いきや、プー太郎生活の日々もあったという。スタンフォード大学・オンラインハイスクールが設立されたのは今から15年も前。設立当初から関わり、校長として世界中の様々な学術・教育のエキスパート100人を束ねながら、10代の子どもたちの教壇にも立っている。コロナ禍でオンライン教育が注目され、星校長はオンライン教育の世界的リーダーとして全世界から注目されている。これは信じられないことだ。
・スタンフォードやシリコンバレーの精鋭が「結果」を出すためにやっていることを知りたい
・仕事やプライベートの「人間関係」をよくするテクニックを学びたい
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・世界中の天才たちが集まるスタンフォードで結果を出し続ける「教育法」を知りたい
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そんなあなたへ、スタンフォードにいる著者を直撃した。

スタンフォード大学・オンラインハイスクール<br />日本人校長が教える<br />感情か? 理性か?<br />ヒュームとカントの哲学バトルPhoto: Adobe Stock

イギリスの哲学者ヒュームの思想

スタンフォード大学・オンラインハイスクール<br />日本人校長が教える<br />感情か? 理性か?<br />ヒュームとカントの哲学バトル星 友啓(Tomohiro Hoshi)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
経営者、教育者、論理学者
1977年生まれ。スタンフォード大学哲学博士。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。教育テクノロジーとオンライン教育の世界的リーダーとして活躍。コロナ禍でリモート化が急務の世界の教育界で、のべ50ヵ国・2万人以上の教育者を支援。スタンフォード大学のリーダーの一員として、同大学のオンライン化も牽引した。スタンフォード大学哲学部で博士号取得後、講師を経て同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加。オンラインにもかかわらず、同校を近年全米トップ10の常連に、2020年には全米の大学進学校1位にまで押し上げる。世界30ヵ国、全米48州から900人の天才児たちを集め、世界屈指の大学から選りすぐりの学術・教育のエキスパートが100人体制でサポート。設立15年目。反転授業を取り入れ、世界トップのクオリティ教育を実現させたことで、アメリカのみならず世界の教育界で大きな注目を集める。本書が初の著書。
【著者公式サイト】(最新情報やブログを配信中)
https://tomohirohoshi.com/

ここまで、人を思いやり共感することが、様々な思想や宗教において最重要の価値として位置づけられていることを見てきました。

「慈愛」が武士道の根本にあり、江戸時代の武士たちやその後の日本人の善悪の判断、つまり、道徳のルーツと考えられてきたわけです。

「道徳のルーツ」に関する西洋哲学のメジャーな議論の一つに、感情と理性の対立があります。

これまで見てきた「思いやり」ベースの思想史のように、相手のことを思いやる感情が、私たちの道徳感のルーツになると考えた哲学者がいます。

その一方で、「思いやり」などの感情は道徳のベースとはならず、理性や論理的な思考こそが道徳の根拠になるとした哲学者もいます。

感情か? 理性か?

この対比を見るのに、西洋近代哲学を代表する2人の大哲学者、デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)とイマヌエル・カント(1724-1804)に登場してもらいましょう。

「理性は情念の奴隷である」という名言を残したのは、イギリスの哲学者、ヒュームです。

ヒュームは道徳心を人間の感情の働きとして、心理学で科学的に研究する対象だと考えました。

たとえば1日の家事で疲れ果て、ソファーでうたた寝する母親の肩にブランケットをかける子どもを見たとき、「親孝行だ」と感じてなんとなくほっこりするかもしれません。

同様に、まわりの人たちや自分自身にとって心地よい利他的な行為を見ると、私たちは道徳的な肯定感を得ます。

逆に、弱者に暴力を振るう悪党の姿を見れば、ゾッとして怒りを覚え、自分や他人に害を与える行為に対しては道徳的な否定感を覚えるでしょう。

ヒュームは、人間の道徳的な善悪の価値判断は、そうした肯定や否定の感情にルーツがあるのだと考えました。

逆に、ヒュームにとって理性は、私たちの感情が向かう目的に適切に進んでいく手段を見つける道具にすぎません。

あなたが「あの人を慕う気持ちを伝えたい!」と感じたとしましょう。

電話して呼び出す。花束を買う。どのように告白を成功させるかなど、合理的に順序立てて考えるのが理性の力です。

一方、いくら理性的に考えても、嫌いな人を好きにはなれません。誰かを好きになって、その気持ちを伝えたいと思うのは感情の働きだからです。

同様にヒュームによると、「困っている人を助けるべき」という道徳的判断も感情の働きということになります。

そのため、どうやって助ければいいかを理性で考えられても、「助けたい」という感情自体を理性だけで得ることはできない。「理性は情念の奴隷である」というヒュームの言葉は、まさにこの考え方を示しているのです。

論理は感情の求めるところに到達するのをサポートすることしかできない。

ヒュームにとって、私たちの道徳のルーツは理性よりも感情にあります。

人をかわいそうと思い、共感して、助けたいと思う。

そうした思いやりの感情が私たちの道徳をつくり上げるとヒュームは考えたのです。