2009年7月、指揮者の若杉弘が74歳で急逝したニュースに接してから11年もたってしまった。新国立劇場芸術監督に就任してわずか2年後のことである。まったく音楽界に関係ない者としても、あの悔しい気持ちは忘れられない。若杉弘は西洋音楽、それもオペラに精通し、深い知識を元にした教養そのものを演奏で披歴する指揮者だった。数々の録音も残しているが、この8月に発売された「ブルックナー:交響曲全集」には驚かされた。こんな流麗で美しいブルックナーを残していたとは!(文中敬称略)(ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)
凝りに凝った教養主義のプログラム
このブルックナー全集は、NHK交響楽団正指揮者でもあった若杉弘が1996年から98年にかけてサントリーホールで演奏したチクルス(全曲演奏会)のライブ録音である。「2つの世紀のカトリック~ブルックナー没後100年記念」と題したシリーズだった。
「2つの世紀のカトリック」と題したのは、若杉弘がブルックナーの交響曲の前に、必ずメシアンの管弦楽曲を置いてプログラムを組んだからである。さらに、本番の前にプレ・コンサートとしてメシアンとブルックナーのオルガン曲を2曲か3曲配置し、サントリーホールを19世紀と20世紀のカトリック教会にして聴衆を仮想旅行に連れ出したのだ。凝りに凝ったプログラムで、教養主義の剛速球が大いに聴衆を沸かせたと記憶している。
ちなみに、オーストリアのブルックナー(1824~96年)、フランスのメシアン(1908~92年)は共にカトリックの教会のオルガニストでもあり、オルガンと同時に作曲を学んでいる。