もっともシンプルな論理思考の入門書わけるとつなぐ -これ以上シンプルにできない「論理思考」の講義-』が、10/14に発売されます。この本は、難解な「考える力をつける本」に挫折したり、「論理思考とはフレームワークの使い方を身につけることだ」と思っていた人のための、2時間で読めるストーリー形式の入門書です。
本記事では、著者の深沢真太郎氏が、この本を役立ててほしい人を、「佐藤さん」と「山田さん」という2人の社会人に託してお伝えします。(構成:編集部/今野良介)

「なくてもよかったもの」が、本当になくなっていく

「自分で考える力」が、より一層大事になったな、と感じます。

長期的な視点では、技術の向上により様々なものの「速度」が変わりました。たとえばハンコ文化が当たり前だった時代は、ハンコをもらうために上司の出張帰りを待つことが当たり前だったかもしれません。しかしいまは、いつでもすぐに上司の決裁がもらえ、仕事をスピーディに進められる会社や組織も増えてきました。

短期的な視点では、コロナ禍により働き方が変わりました。「通勤」そのものが激減し、「時間をかけて集まること」が正義ではなくなりました。最低限のコミュニケーションだけして、あとは個人の裁量にまかされる。結果、「いるだけの人」が残酷なほどに露呈してしまいます。

速くなった。個々に委ねられることが増えた。

これが意味するところは、「個人がちゃんと考えて生きること」がこれまで以上に求められているということです。今日は自宅で仕事をするか完全オフにするか。いまの仕事を続けるべきか、新たなチャレンジに踏み出すべきか。いまの家庭やパートナーは、本当に自分にとってベストなのかどうか。あっという間に変わるいまこの環境は、「いつかじっくり考えればいい」という価値観と極めて相性が悪いように思います。

どこの大学を卒業したかより、どこの会社に属するかより、個々の考える力が人生の豊かさに直結する時代になったのです。

ある先輩と後輩の会話

自分でちゃんと考えて、答えを出していかないといけない。そんな世の中で、私たちはもうしばらく生きることになります。

そこでひとつ、問いを立てます。

「”ちゃんと考える”とは、何をすることか?」

ひとつの会話にお付き合いください。あるビジネスパーソン二人の会話です。

仮に先輩を山田、後輩を佐藤とします。

――――

山田:「おい佐藤、なんだこの資料?」

佐藤:「え?」

山田:「ぜんぜんダメ。やりなおし」

佐藤:「……す、すいません」

山田:「これ、ちゃんと考えて作った?」

佐藤:「……」

山田:「とにかく、頼むわ」

佐藤:「あの……ちゃんと考えるって、具体的に何をすることでしょうか?」

山田:「はぁ?」

佐藤:「山田さんはいつも『ちゃんと考えろ』とおっしゃいますが、そのちゃんと考えるって、どうすればできるんですか?」

山田:「深く考えるってことだよ」

佐藤:「深く……。深く考えるって、具体的に何をすることでしょうか?」

山田:「……」

佐藤:「山田さんが深く考えるときって、具体的に頭の中で何をしているのでしょうか?」

山田:「だから……じっくり考えてるんだよ! じっくり」

佐藤:「じっくり…それは具体的に……」

山田:「だから、ちゃんと考えるってことだよ!」

――――

まるで漫才のようですが、よくありそうな対話でもあるのではないでしょうか。もしあなたが先ほどの山田さんの立場だとしたら、後輩の佐藤さんをどう導きますか。

「ちゃんと考えて発言しなさい」
「ちゃんと考えて資料を作りなさい」
「ちゃんと考えて仕事をしなさい」

今日も世界中でこの言葉を発する人がいるはずですが、「ちゃんと考える」とはいったいどういうことなのでしょうか。それを具体的に言語化できないのに「ちゃんと考える」を要求するのに違和感を覚えるのは私だけでしょうか。

ひょっとしたら、そもそも教えてもらってない?

加えて申し上げるなら、私たちは誰に「ちゃんと考える」を教えてもらったのでしょうか。いや、そもそも「ちゃんと考える」を教えてもらったのでしょうか。もし誰にも正しく教わっていないことを他人に対して「いいからやれ」と要求しているとしたら、それはハラスメントのようなものではないかと私は思います。

「ちゃんと考えたのか?」「(考えた、って言ってもダメなんだろどうせ)」Photo: Adobe Stock

一般的にハラスメントは「嫌がらせ」という意味で使われます。相手の意に反する行為によって不快な感情を抱かせることを指します。なんでもすぐにハラスメントという表現を使う風潮には少し窮屈さも感じますが、もし私が、誰にも正しく教わっていないことを別の誰かに「やれ」と要求されたら、間違いなく「嫌がらせ」だと感じるでしょう。

もしこれをハラスメントとするなら、防止策は決まっています。できるだけたくさんの人が「ちゃんと考える」の正体を理解し、自ら実践し、体験を得ること。そしてその体験を他の誰かに受け渡すことです。先ほどの山田さんが、佐藤さんに対してそれをしてあげられるなら、このハラスメントはこの世からなくなっていくでしょう。

今回、私はそれを願って、この連載記事を書いています。加えてこの10月に『わけるとつなぐ -これ以上シンプルにできない論理思考の講義』という書籍を上梓します。ひとりでも多くの「佐藤さん」へ、そして「山田さん」へ、「ちゃんと考える」ためのヒントを提供できたらと思っています。

ちなみに、私が「ちゃんと考える」を教えてもらった相手は、数学です。中学校で出会い、以降は大学院まで徹底的に付き合った学問であり、いま、「ビジネス数学教育家」として活動している礎でもあります。私はビジネスパーソンやトップアスリートの思考力強化に数学的なエッセンスを用いていますが、それは私が「ちゃんと考える」を数学から教えてもらったからです。

ちゃんと考えるとは具体的に何をすることか。本来、数学という学問は私たちに何を教えてくれるのか。次回、そのことについて具体的に解説してまいります。

深沢真太郎(ふかさわ・しんたろう)
1975年神奈川県生まれ。ビジネス数学教育家。BMコンサルティング株式会社代表取締役。一般社団法人日本ビジネス数学協会代表理事。数学を用いた論理的思考力をビジネスに活かす「ビジネス数学教育」の第一人者。日本大学大学院総合基礎科学研究科修了、理学修士(数学)。
「ビジネス数学検定」国内初の「1級AAA」(最高ランク)認定者。SMBCコンサルティング株式会社などの大手企業や、早稲田大学、産業能率大学などの教育機関の研修・講座に登壇するほか、プロ野球球団やトップアスリートの教育研修も手がける。これまで延べ1万人以上を指導。テレビ番組の監修やラジオ番組のニュースコメンテーターなども務める。
著書に『そもそも「論理的に考える」って何から始めればいいの?』(日本実業出版社)、『数学的に考える力をつける本』(三笠書房)、『「仕事」に使える数学』(ダイヤモンド社)など多数。