これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための科学的な理論と具体的なトレーニング方法を解説した「画期的な一冊」が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。
先行きが見通せない時代には、思考は本来の力を発揮できなくなる。そこでものを言うのは、思考の前提となる認知、すなわち「知覚(perception)」だ。「どこに眼を向けて、何を感じるのか?」「感じ取った事実をどう解釈するのか?」──あらゆる知的生産の“最上流”には、こうした知覚のプロセスがあり、この“初動”に大きく左右される。「思考力」だけで帳尻を合わせられる時代が終わろうとしているいま、真っ先に磨くべきは、「思考“以前”の力=知覚力」なのだ。
その知覚力を高めるためには、いったい何をすればいいのか? 本稿では、特別に同書から一部を抜粋・編集して紹介する。
「感じ方」を磨くと、「学び方」も磨かれる
「知覚」という言葉をご存じでしょうか? なんとなく「知覚とは何なのか」についてもイメージをお持ちの人もいるかもしれませんが、まずはその基本的な特徴を整理しておきましょう。
知覚とは「自分を取り巻く世界の情報を、既存の知識と統合しながら解釈すること」です。
つまり、知覚プロセスは「感覚器」と「脳」が関与する2ステップから成ります。
・ステップ(1) 受容──感覚器を通じて知覚情報を受容する
・ステップ(2) 解釈──脳が既存の知識を組み込み、意味づけする
まずステップ(1)の「受容」に関して言うと、五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)のほかにも、平衡感覚・温感・痛感・身体の位置感覚もここに含まれます。また、知覚情報の受容には、とくに意識せずに入ってくる場合と、意識して情報を収集する場合があることも申し添えておきましょう。
また、ステップ(2)の「解釈」に必要な「既存の知識」には、学習・経験を通じて育まれてきた理解・知恵・信念・固定観念だけでなく、人間に生まれながら備わっている枠組み(例──ある人がより大きく見えるのは近くに立っているため)が含まれます。
知覚においては、前者を組み込む場合はトップダウンプロセス、後者の場合はボトムアッププロセスなどと区別されることもありますが、創造的な解釈に貢献するのはほとんど前者ですので、拙著『知覚力を磨く』のなかでも、もっぱらトップダウンプロセスのほうに注目しています。
さて、ここでぜひ心に留めておいていただきたいのが、ステップ(2)の「解釈」のベースにはつねに「知識」があるという点です。「何を知っているか」が「どう意味づけるか」を規定する──この関係性がある以上、知覚は本質的に次の3つの特徴を持ちます。
[特徴(1)]知覚は「多様性」に富む
人はそれぞれ学習や経験を経て、異なる知識を蓄えています。仕入れられた情報は、バラエティに富んだ知識と統合されるので、知覚それ自体もバラエティやオリジナリティに富んでいます。
同じ事象を見ているはずなのに、新しいアイディアを発見したり、イノベーションを起こせる人・組織がある一方で、そうでない人たちがいるのは、この点に違いがあるからです(ピカソの芸術的革命、NIKEの商品開発、LEGOの意思決定など)。また、NASAの例のように、多様な知覚を集合させることで、そこから並外れた力が発揮されることもあります。
[特徴(2)]知覚は「知識」と影響し合う
解釈のステップでは、「既存の知識」との統合が起きます。個人の知覚は、どこまでも「すでに知っていること」の影響を受けます。
しかし、ここで見逃してはならないのは、そうやって統合される知識自体も、もともとは過去の知覚プロセス(情報の受容+解釈)を経てつくられたものであるということです。したがって、知覚と知識は、相互依存的な影響関係にあります。
[特徴(3)]知覚から「知識」がはじまる
知覚と知識はお互いに影響し合っていますが、生まれながらに備わったものを除けば、あらゆる知識は、個人の知覚プロセスを通じて培われたものです。知覚することなしには、知識は築けないと同時に、知覚力を磨けばより貴重な知識が得られるようになります。さらに、そうして得た知識は、より創造的な解釈に貢献する──そんな相乗効果がここには期待できるわけです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『手稿』には「あらゆる知識のはじまりは、知覚である」というフレーズが残されています。この言葉は、ダ・ヴィンチが愛読したアリストテレス『形而上学』の冒頭部分をパラフレーズしたものと考えられます。ダ・ヴィンチのこの座右の銘は、まさに上記のような洞察に裏打ちされたものだと言えるでしょう
私たちは、何をどうやって学び、どんな知識を身につけていくかという“外の事情”ばかりに意識が向きがちです。「知の巨人」と呼ばれたダ・ヴィンチが、むしろ人間がいかに受容するかという“内なる事情”のほうを強調していたのは、特筆に値するでしょう。
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私たちは四六時中、刻一刻とインプットされてくる膨大な情報を知覚しています。それをいかに受け入れ、どう意味づけるかに応じて、知識が構築されていきます。また同時に、そうして築かれた知識が、受容した情報を解釈するときの基盤となり、将来の人生や社運を方向づけているわけです。
知覚がこのサイクルの中心にある以上、知覚力を磨くことによって、みなさんの知識にもさらなるブラッシュアップが期待できるわけです。
(本原稿は、『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』の内容を抜粋・編集したものです)