2000年まで米国の
分断は薄まっていた

「米国の分断」というのは、米国のみならず日本でも知られるようになっている。しかしそれは一体、いつから始まったものなのか。そしてこれから先はどうなるのか。私は新刊『NEW RULES――米中新冷戦と日本を巡る10の予測』で米国と世界の未来について予測したが、分断の行方について解説できる専門家はまだ少ない。

 米国で、黒人が人権を手にして社会進出を本格的に始めたのは、リンドン・ジョンソン大統領の時だったことは前回の記事(『米大統領選で「副大統領候補」がいつになく勝敗のカギを握る理由』)で述べた。もとは、ジョン・F・ケネディ大統領(JFK)がマーチン・ルーサー・キング・ジュニア氏と約束して選挙時に掲げた理想だったが、彼の暗殺を受けて、ジョンソン大統領が引き継いだものである。

 しかし、その後の変化には紆余(うよ)曲折もあった。今回、民主党の副大統領候補であるカマラ・ハリス上院議員がバイデン大統領候補に、「あなたに差別された少女が、私です」と言ったのは1970年代のこと。それくらい、米国の黒人差別問題は、長く尾を引いてきた。

 余談だが、全米の黒人社会は、ジャマイカ人の父親とインド人の母親の間に生まれた有色人種のハリス副大統領候補のことを、「味方」だとはあまり思っていない。彼女は、上昇志向の強い両親が米国でつかんだ成功の下で育っている。つまり最初から勝ち組側にいたということが、黒人たちの共感を得られない。

 本題に戻ると黒人差別撤廃を巡っては、元司法長官のロバート・ケネディ氏が、「差別撤廃のためには子ども時代からの生活を変える必要がある」との理想を掲げたが、それも彼の死で頓挫した。

 1981年からはロナルド・レーガン大統領が登場して民営化を進めるなど、競争社会を先鋭化して経済発展を成功させた。これがクリントン政権の終わる2000年まで続き、長期の景気上昇トレンドとなったため、黒人差別問題もどことなく消え去っていた感があったのだ。当時の米国では、黒人やほかのマイノリティーも、好景気の恩恵にあずかっていた。

 この頃には、民主党と共和党の政策の差も縮まっており、やがては違いがなくなるという意見も出ていたほどだ。格差問題が米国社会の深刻な問題となっている現在からすると、不思議な話ともいえる。