周りを見渡すと、不機嫌な表情を浮かべている高齢者が、なんと多いことか。社会に、政治に、伴侶に、そして隣人に、さらには飲食店の店員にさえ、不満をぶつけたりする光景に出くわすこともある。かつて一流企業に勤めていたとか、どこそこの会社の部長だったとか、そんなことは現役を退いたら関係ない。何歳になろうと、人生を楽しみ、人生を謳歌すべき。どんな肩書きも外して、『死ぬまで上機嫌。』がいちばんいいのだ。
人生は考え方次第で、上機嫌にも、不機嫌にもなる。嫌な思いをしたとしても、「ま、いいか」「それがどうした」「人それぞれだ」と思えば、万事解決。どんな状況を目の当たりにしても「こういうこともあるだろう」と鷹揚に受け入れられる自分でいたい。『島耕作』シリーズ、『黄昏流星群』『人間交差点』など、数々のヒット作を描いてきた漫画家・弘兼憲史が「そのとき」が来るまで、人生を思う存分まっとうする上機嫌な生き方、心のありようを指南する。(こちらは2020年11月17日付け記事を再掲載したものです)
振り返ってみると、僕は幸せな人生を歩んできた。そう思います。
日本が右肩上がりの時代に社会に出て、右肩上がりの好景気だった頃の空気も吸い、好きな漫画の仕事を長く続けることができ、仕事仲間や家族にも恵まれ、不自由のない生活を送ってきました。
もちろん、自分一人ですべてを成し遂げたとは思っていません。
ただ、幸運が積み重なった70年という月日の流れに、心の底から感謝するばかりなのです。
その中で、唯一僕が守り通してきたものがあるとすれば、「やりたいことはやったほうがいい」というスタンスです。
70歳をすぎた今、自分がやりたいことを追い求める意欲は衰えるどころか、ますます「やりたいことはやっておこう」と前向きに考えるようになっています。
人生はたった一度きり。
やり残したことを「ああすればよかった」と思い返すくらいなら、「これはやっておこう」と前を向いたほうがいい。そうじゃないですか。
人生のおもしろさとは、それに不可思議さとは、「ゴール」(つまり死)を迎えるのは確実であるのに、そのゴールがどこにあるのか見当がつかないところです。
もし、人生がマラソンコースのようだったら、どうでしょう。
「あと10年でゴール、あと5年、あと3年……」という具合に、確実にゴールが見えているので、ゴールに備えて計画的に物事を進めていくことができます。
けれども、実際には、ゴールの位置をはっきり見通せるわけではありません。
平均寿命などのデータを見れば、なんとなく「90歳くらいまで生きるかもしれない」と思えるかもしれないですが、実際には100歳まで生きる可能性もありますし、明日寿命を迎える可能性だってあります。
前者は42.19kmを超えて、さらに先のゴールを目指して走り続けるようなイメージであり、後者は30kmくらいで突如、道をさえぎられるようなものです。
生というマラソンでは、誰もがゴールを予期できるわけではありません。
でも、だからこそおもしろいのです。
不透明なゴールテープを目指して、自分の好きなようにマイペースで進んでいけばよいのです。