悪質なあおり運転、芸能人への度を越した誹謗中傷、他県ナンバー狩り、自粛警察、マスク警察……我々の社会には、自分の「正義」から少しでも外れたことをする他人を激しく攻撃して、この世から消えろと言わんばばかりに徹底的に追い込む人が、かなりいらっしゃるのだ。

 ならば、「脱ハンコ」という社会正義実現のために、それを邪魔する人を監視・排除しようとする「はんこ警察」が登場したって、何も不思議ではないではないか。

 実際、すでにSNSやネットには「脱ハンコに反対する人=既得権益にしがみつく人」といった構図で批判をする人はチラホラと現れてきており、印章産業が盛んな山梨の長崎幸太郎県知事や印章業界で働く人々は、過度な「脱ハンコ」ムーブメントが盛り上がることで、日本社会の非効率的な面などのさまざまな弊害が全てハンコのせいにされ、スケープゴートにされるのではないかという危機感を抱いている。

「脱ハンコ」に過度な
期待が持てない理由

 では、「ハンコ警察」がはんこを使う人たちを叩くような殺伐とした社会にならないためには、どうすればいいのだろうか。

 個人的には、「脱ハンコ」「ハンコ廃止」というものに過度な期待を持たせないということが、極めて重要になってくるのではないかと考えている。確かに、「スタンプラリー」などと揶揄される、役所などの非効率極まりないハンコ業務をなくしてデジタル化すれば、作業効率が上がるのは間違いない。役所とやりとりをする企業のデジタル化も促進されるだろう。

 が、それがそのまま日本社会の効率を良くするのかというと、その効果は限定的だ。実は日本のハンコというものは、諸外国の「サイン」にあたる承認機能だけではなく、我々の社会の中で非常に大きな社会的機能を担っているからだ。

 それは「身分証明」である。

 たとえば、銀行で口座を開設するためには、免許や保険証などの本人確認書類だけではなく、印鑑が必要だ。ネットバンキングだけの場合は印鑑不要ということもあるが、それでも窓口での手続きや収納サービスを利用すれば、印鑑を求められるケースが圧倒的に多い。