幹部は思いつきで
アイデアを口にしない

 幹部が思いつきで何かを始めることほど会社にとってマイナスなことはない。

 社員はやらなくてもいい仕事に時間を取られて迷惑だ。

 ビジネス書を読んで思いついたこと、セミナーや勉強会で聞きかじったことなどを、すぐに自社に当てはめて実施しようとしても成果は出ない。

「これからはAIだ」「ビッグデータだ」「DXだ」
と2年くらいで消えていく言葉(バズワードという専門用語)に惑わされ続ける。

 経営者が思いつきでいろいろやろうとすると、本当に仕事に没頭している社員には迷惑だ。

 フラフラする社長を見るにつけ社員はイライラする。

「しない経営」を実施するのは、感度がよく、いい経営者ほどつらい。

「しない経営」は私への戒(いましめ)でもある。

 本書で触れたように、私は何にでもすぐに飛びつくジャングル・ファイターだった。

 元来やりたがりで、おいしそうな話があるとすぐにやってみたくなり、ちょこちょこ仕掛けるのが大好き。トレンドには乗りたい。One to Oneマーケティングの顧客管理や、お客様に応じて値段を変えるダイナミック・プライシングも試してみたくて興味津々。

 だが、ワークマンのような一つのことを深掘りするのが得意な会社には有害だ。

 だからじっと堪えた。

 私が会社にいる間は、客層拡大という目標と、それを支える「しない経営」と「エクセル経営」だけでいい。絶対にやるまい。

 いい経営者ほどアイデアが浮かぶ。

 ビジネス書を1冊読むたびに新しい事業アイデアや改革案が浮かぶ。

 それを封印するのは結構つらい。でも、未熟な私が並みの経営者になるには、そのつらさを乗り越えなければいけない。

 鈍感に見えるくらい愚直に一つの目標しか持たず、それに没頭するのが本当にいい経営者だ。

 この8年間、ずっとそう自分を戒めてきた。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。