旅行会社の一言が決定打に

 数年ぶりに再会した薛氏の髪は真っ白になっていた。コロナ禍での経営がいかに厳しいものだったか、その一端を垣間見る思いだ。彼が完全に国内市場にかじを切ったのはこの夏のことだった。

 コロナによって世界的に人の往来が途絶える中で、薛氏の模様眺めは続いていた。4月、日本で緊急事態宣言が発出される中、「6月には再開できるかもしれない」と期待を抱いていた。毎月の固定費だけでも2000万円の出費を伴う同ホテルにとっては苦しい状況が続いたが、幸いにも銀行から支援融資が下りた。しかし、コロナの世界的な拡大は止まる気配はない。

 ジリジリしていたのは薛氏だけではなかった。しびれを切らした中国系の旅行会社が、4月の時点で10~11月の復活を見込んで動きだしていた。薛氏の元にも「見積もりを出してくれ」と1本の電話が入ってくる。電話の向こうの相手が話す、その内容は次のようなものだった。

「これからは間違いなく航空運賃が上がるだろう。ディスカウント運賃も出にくくなり、LCCも飛ばなくなることが想定される。これまでの損失を取り戻すために、全ての価格が上昇に転じる中で、ホテル代を圧縮しないことには旅行業者だってやっていけない。薛さんのところはいくらまで値下げしてくれる?」

「それはあまりに理不尽な要求でした。しわ寄せは全てホテルがかぶれということなのでしょうか…」(薛氏)

 だがよくよく考えると、旅行会社の言い分も一理あったという。今後、募集型ツアーも値段が上がり、客も集まりにくくなる可能性は十分にある。ひょっとしたら、海外旅行は一部の金持ちの楽しみになってしまうかもしれない。頼みの東京五輪・パラリンピックも、国として外国人旅行者を受け入れればコロナ対策費も膨らむ。外国人観光客も「リスクを冒して訪日するよりテレビで見ればいい」と判断するかもしれない。「インバウンドは、回復するのに3~5年はかかるでしょうが、これをじっと待っているわけにはいきません」と、薛氏は気持ちを固めた。

 一方、故郷の台湾は先手必勝のコロナ封じ込めで感染者はほぼゼロ、春には観光ブームが起こっていた。政府から支給されたクーポン券で、夏休み前から各地のリゾート施設は「満員御礼」の札が下がる。恐らく日本でもこうした動きが始まるのではないかと思っていた矢先、7月22日、日本政府は「Go To キャンペーン」を発表した。発表段階では東京は対象地域から外されていたが、「いずれ東京も対象地になるだろう」と読んだ薛氏は一気に「脱インバウンド」にかじを切った。

 薛氏は日本人観光客をもてなすためにホールスタッフを全員入れ替えた(この中には帰国を希望するワーキングホリデービザでの採用者もおり、タイミングも悪くなかった)。中華に偏重していた料理も和洋を中心とし、カニと高級牛肉を目玉食材に大幅な見直しを図った。鉱泉を使う大浴場に加え、箱根の木賀温泉から湯を運び、家族で入れる予約制の「信楽焼の貸し切り風呂」を新たに設けた。

 同ホテルは保養所をリユースしたため、当時、「6畳一間」(正確には押し入れを取り払い7.5畳に拡張)が全158室中130室を占めていた。「夕方に東京から入ってきた300人の中国人観光客が、翌朝には大阪に向かう」というインバウンド主体のスケジュールの中では、こうしたサイズは確かに“コスパ”がよかった。

 しかし国内市場がターゲットとなれば、むしろこれが弱点になる。このハンデを克服するために、稼働対象の客室も思い切り絞り込んだ。最大受け入れ客数を、従来の3分の1の1日50組100人までとし、その分を「おもてなし重視の高級路線で満足度を追求したい」(同)と、「量より質」への大転換を図ったのである。