なぜこれまでインバウンドだったのか?

 薛氏にとって、これまでの道のりは決して平たんではなかった。中国人観光客は確かに上客だったが、部屋や設備に与えるダメージは激しく、「じゅうたんのたばこのコゲ」や「ふすまの穴」との格闘の日々だった。中国系旅行会社とは長年の付き合いを通じて信頼関係を培ったものの、やはり代金回収には苦労したという。

 いち早くインバウンドに乗り出したのは、そこに市場があったからに他ならないが、彼は過去を振り返ってこう語った。

「お客さんは、気に入れば必ずリピートしてくれる日本人観光客であるのに越したことはありませんが、宿泊客はどうしても土日や長期休暇に集中してしまいます。客室を年間通じて稼働させるためには、休日が異なる海外からのインバウンド客が必要だったのです」

 インバウンドは確かにホテル業界を潤わせた。もともと淘汰される運命にあった宿泊施設にとっても、インバウンドは「延命策」となり、息を吹き返した事業者も少なくなかった。一方で、「日本には宿泊施設が足りない」という認識も手伝い、2015年以降、外国資本を含めて、多くの事業者がこの市場に参入した。“100%インバウンド客”にシフトする中国・アジア系の宿泊施設もたちどころに増えた。

 しかし、外国人客が大挙して繰り出してくるという従来のシナリオが描きにくくなった今、日本の宿泊施設は「死ぬか生きるか」の厳しい局面に立たされている。

 今まで見過ごしてきた内需がカギを握るといわれる中で、薛氏が注目しているのは、平日も自由に動ける60歳以上のシニアたちだ。今日本では、働き方改革により休日が取りやすくなっているため、以前は対象になりにくかったサラリーマンも含めて、年間を通じた集客が期待できるようになった。

 “インバウンド時代”には、徹底的に無駄を省く台湾流の“コスパありき”が奏功した。そのインバウンドから脱却を図る台湾人オーナーに立ちはだかるのは、ぜいたくを知り尽くした日本人客の“厳しい要求”だ。

 日本人以上に富士山を愛し、そこに根を下ろす台湾人経営者の奮闘が再び始まった。その起死回生を見守りたい。