安曇の話は続いた。
「次に、君のお父さんが目指したと思われる現金の流れがパターン3だ。投資資金を借入金で調達しても(5)、会社の業績は向上し営業活動から十分な現金収入がもたらされて借入金の返済も利息の支払い(6)も何の問題もなくできるはずだった。ところが、現実はそうではなかった」
由紀は自分が相続した負の遺産が、父親の判断ミスによるものであることを理解した。
「これから3ヵ月後の収支を予測してみよう。それがパターン4だ。営業CFは黒字になるだろう。北海道工場が売れれば現金が入る。しかし、どちらも銀行借入金の返済と利息に充てられる。これでは銀行のために働いているようなものだ。だからといって、この状態では新規投資をする余裕などはない。投資ができなければ競争力は急激に落ち込んでしまう。このジレンマをどう克服するかだ」
「どこかのタイミングで積極的に打って出なくてはならない、と言うことでしょうか?」
由紀が真剣なまなざしで聞いた。
「その通り。君の責任で会社の将来を決めるのだ。君が目指すべき会社はパターン5だ。現金は泉のように沸いてくる。将来への投資も盤石だ。しかも借金はゼロだから、余った現金は株主に還元できる。大株主の君は配当金で好きなものが買える」
「ハンナはパターン5のような会社に生まれ変われますか?」
「君自身に強い意思と実行力があれば可能だ」
由紀がこれまで拭い去ることができなかった不安は、希望へと変わった。こころの底から活力が沸いてくるのがわかった。
「自信はありません。でも、挑戦します」
この辺りは住宅が多いせいか、まだ8時だというのに客は2人だけになってしまった。
「次回は母が手料理をごちそうすると申しておりました」
「待ち遠しいね」
安曇は笑みを浮かべて由紀に熱燗をすすめた。