「介護をしてきた子」がとれる2つの対策

 ではどうすればよかったのか。方法は大きく2つあります。

 1つ目は、母が遺言書を作成しておくことです。

「介護を献身的にしてくれたA子には遺産の6割を、B子とC子には、それぞれ2割ずつを相続させます」というような遺言書があれば、A子の気持ちは救われますし、B子とC子も遺言書がある以上、それに従わざるを得ません。B子とC子の遺留分は6分の1(つまり16.6%)なので、2割を相続できるのなら、遺留分を侵害していません。

 2つ目は、生前贈与です。

 A子に対して先に生前贈与で財産を渡し、特別受益の持ち戻し免除の意思表示をしておけば、A子は多くの財産を引き継ぐことができます。

 しかし、この2つの方法はそれぞれ弱点があります。A子の立場からすると、「遺言書って、お母さんの気持ち次第でいつでも書き換えできるし、万が一にも紛失したら……」という不安が常につきまといます。

 一方、母の立場からすると、生前贈与されたことにA子が満足し、ある日突然、介護をやめてしまうかもしれません。「財産を先にあげてしまってよかったのかしら……」。こうした不安を抱える日々を送らなければいけません。

負担付死因贈与契約も検討する

 この両者の不安を解消する方法として、負担付死因贈与契約という方法があります。これは贈与契約の一種で、例えば「私が死ぬまで介護を継続してくれたら、金〇〇円をあげる」という条件付きの贈与契約です。

 遺言との大きな違いは、遺言は母の気持ち次第で何度でも変更可能ですが、負担付死因贈与契約の場合、一度交わした約束はA子の同意もないと変更できません。なお、負担付死因贈与契約は口頭だけでも成立しますが、「言った言わない」の水掛け論にならないよう、書面(できれば公正証書)に残しておいたほうが無難です。

 注意点が1つあります。このような死因贈与契約で不動産を渡す場合には、通常の相続の場合と比べ、不動産取得税や登録免許税が高額になることを覚えておいてください(金融資産であれば、そのような問題はありません)。ちなみに、死因贈与契約は贈与税ではなく、相続税の対象になります。

 他にも、前述以外のシンプルな方法として、生命保険の受取人にA子を指定しておく方法もあります。生命保険は受取人固有の財産であり、遺産分割協議の対象や遺留分の算定にも含まれない性質がありますので、A子に確実に財産を残す方法として使い勝手がいいですね。

 ただ、どの方法を採用するにしても、母に意思能力がしっかりとあることが前提になります。遺言書も、生前贈与も、生命保険の加入も、基本的には認知症になる前でないと行えません。

 A子さんの例は、お母さんが認知症になってしまう前に対策を打っておくべきだったと言えますね。いずれにしても、家族内の約束がきちんと守られるかどうかは、家族の信頼関係にゆだねられます。