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2020年の東京オリンピックは、史上初の「延期」になった。なぜ「中止」ではないのか。そこには、長い歴史を経て構築されたオリンピックの哲学を守るためのとりでがある。2021年の開催のため、今IOCを中心に起きていることとは何か。(元JOC職員・スポーツコンサルタント 春日良一)

4年に1度、戦争のない状況を作るという哲学

 ここまで苦難の道が続くとは誰も想像しなかっただろう。2013年9月7日、ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で、ロゲ会長(当時)が「トーキョー」と2020年の五輪開催地を告げた時、安倍首相も、猪瀬都知事も、森招致委副会長も子どものように喜び、抱き合い、涙を流していた。その時、彼らの胸中には限りなく前進する世界とその中心にいる自分たちの成功が確信となっていたはずだ。

 世界のスポーツ界でも定評のある日本人の勤勉な労働力と滅私奉公の組織力があれば、東京オリンピックの成功は間違いなく訪れていただろう。

 しかし、オリンピックイヤーである2020年にオリンピックは開催されなかった。五輪史上初となる「延期」という選択がなされた。「延期」について一般的に受け止められる印象はそれほど重いものではない。オリンピックをただの行事だと考えれば、それは競技会やイベントの雨天順延とさほど相違するものではないと感じられる。しかし、「オリンピズム」というオリンピックを支える哲学から考えると、ありえない選択であった。

 オリンピックはオリンピアードという4年間の特殊な周期を有する。その1年目に開催されるのがオリンピックである。英文での正式名称は「The Games of the ○○ Olympiad」であり、○○の部分に第何回のオリンピアードかが入る。古代オリンピックは、4年に1度、都市国家間の戦争を休止し、開催された。「ギリシア案内記」に「戦争と疫病で疲弊していたエリス国のイフィトス王は、デルフォイの神にこれらの災いから逃れるすべを尋ね、オリンピアで競技祭を開催するよう告げられた」(地誌学者パウサニアス著、2世紀)とあり、競技会の期間は武器を捨て、戦争を中止することにした。

 これを私は休戦思想と呼ぶが、この思想の継承には4年に1度を守ることが要である。少なくとも4年に1度は戦争のない状況を作っていく実践哲学があった。