鬼ヶ島から財宝を持ち帰った桃太郎を待っていたのは、毎年の確定申告でした。果たしてこの財宝はどう申告したらいいのか、鬼退治に使った「きびだんご」は経費として認められるのか――。
そんな疑問にこたえる新著『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』では、知らないと損をする、でも説明されてもわかりにくい。そんな税金の世界を、誰もが知ってる昔ばなしでシミュレーション。ストーリー仕立てで楽しみながら、税金の知識が身につくと早速評判になっています。
こちらの連載では、本文の中からご紹介してきます。今回は、「鶴の恩返し」の3回目です。(イラスト・佐々木一澄)
鶴が反物を織ったのは「誰の意思」なのか?
高橋 あのですね……。あなたは反物を作らせるために食事を与えていたわけじゃないんです。
男 どういうことだ?
高橋 そもそも鶴が反物を織り始めたのって、鶴が自分から言いだしたんですよね?
男 おぅ、「泊めてくれた恩返しがしたいから」と言ってな。
高橋 あなたが「こいつに反物を織らせてひと儲けしよう」と思って働かせたわけじゃないですよね?
男 いや、そんなつもりは……。反物を町で売るのも、鶴が言いだしたことだし……。
高橋 反物を織っているとき以外も、普通に一緒に生活していましたよね?
男 そ、そうだな……。
小沢 美しい女性とひとつ屋根の下に暮らすとなれば、よこしまな思いもあったでしょ?
男 それは経費と関係ないんじゃないか?
高橋 これが家畜と違うところです。反物を織ったのは鶴の意思であって、あなたが反物を織らせるために食事を与えたわけではない。つまり、鶴の食事と反物には因果関係はないんです。僕だったら食費を経費とは認めないですね。
男 そうなのか……。
高橋 だいたい、その論理だと「ご飯を食べないと仕事できないんです」って人は、みんな食費が経費になっちゃいますよ。
小沢 僕はおやつにアイスがないと働く気にならないんですけど。
高橋 だからといってアイスは経費にならないよ。仕事してなくても、生きてるだけでご飯もアイスも食べるでしょ? 鶴も羽根だけのためにご飯を食べてたわけじゃないんだから、食費は経費になりません。
小沢 え~? でも、モデルさんとか体型を保つために食事に気を使ったりするじゃないですか。あれは仕事と食事が関係あるんじゃないですか?
高橋 それも経費にするのは難しいだろうな……。例えば、マッチョを仕事にしている人が、筋肉を作るために飲むプロテインは経費になると思う。仕事(筋肉)とプロテインは因果関係がありそうだから。あくまで稼いだお金と直接関係しているか、ってのが重要なんだ。
小沢 ですって。
男 そう言われちゃ仕方ないな。鶴の食費を経費にするのは諦めよう。
小沢 そうですね。そもそも恩返しに来た人を家畜呼ばわりするなんて、とんだ恩知らずですし。
男 あんたが言ったんだよ!
ふすまの向こうは「経費の対象」
高橋 食費は経費にならないですけど、まだ経費として計上できるものがありますよ。失礼ですが、あなたの家は賃貸ですか? 持ち家ですか?
男 賃貸だ。庄屋さんから借りている。
高橋 なるほど。絵本によって間取りは違うと思いますけど……。鶴が「決してふすまを開けないでください」と部屋に閉じこもるということは、煮炊きをする部屋と、鶴が機を織る部屋は別ですよね?
男 その通りだ。鶴は奥の部屋で反物を織っていた。
小沢 で、約束を破ってふすまを開けたんでしょう?
男 そ、そうだな……。
小沢 自分の羽根をちぎりながら一生懸命恩返しをしていたのに。
男 ……。
小沢 それなのに家畜呼ばわりしちゃうんだから。
男 家畜って言ったのは俺じゃない!
高橋 まぁまぁ。この人も反省してるんだから、いいじゃないか。
男 俺じゃないって!
高橋 話を戻しますけど、鶴が反物を織っていた部屋は「作業場」として経費の対象になります。今回の場合なら、全体の面積に占める作業場の割合に、家賃をかけたものが経費と考えられますね。
小沢 これって鶴じゃなくても、家で仕事をする人なら、同じように経費にできるんですか?
高橋 そうそう。フリーランスみたいに自宅で作業している人は、作業部屋が経費の対象になる。家賃のほかに、電気代などの光熱費も事業で使った分は経費になるよ。
男 最初に賃貸か持ち家か聞いたのはなんだ?
高橋 持ち家なら、別の誰かに家賃を払うってことはないですよね。あと、仮に住宅ローンを払っていても、ローンの元金返済は経費にできません。
男 ローン……?
高橋 現代の話なので気にしないでください。ちなみに、あなたの家の間取りと面積はどうなってますか?
男 奥の部屋は四畳半、土間と小上がりは合わせて六畳ぐらいだから……。
高橋 ということは……。面積ベースで考えると、家賃と水道光熱費の約43%が経費になりますね。あ、パーセントがわからないか。えっと、4割3分が経費になります。
男 おぉ、結構大きいな!
小沢 よかったですね!
高橋 というわけで、反物の原材料である糸の代金と、作業場分の家賃は、代官に経費として申告していいでしょう。
男 いやぁ、これで助かった。さすが先生だ。
高橋 お役に立てて何よりです。
小沢 まとめると、この人はふすまを開けたことで、鶴も反物も経費も、全部失ったんですね。
高橋 そういうことになるね。
男 ……。
高橋 人との約束はちゃんと守ろうね。
小沢 はーい。
男 ……そろそろ失礼するよ。